【黒】#13  第一話:『父は嘆く』

「ふざけるな、そんな決定なんかクソくらえだ!」

 村長が下した決定に、僕は怒鳴り声をあげた。
 妻と結婚して既に三年。
 もともと身体の弱かった彼女は、医者に子供を生めば命が危ないと言われていた。
 けれど、それでも僕らは子供が欲しいと願い、そしてやっと念願だった子供を授かった。

「そんなカビの生えた迷信など、僕は信じない!」

 十歳で両親が死に、追われる様に村を出た。
 街に出てボクシングジムに通う傍ら、叔父の商店を手伝う日々。
 けれど片時も故郷のことを忘れたことはない。
 だからその街で出会った彼女と故郷の話をした時は、互いに笑ってしまったものだった。
 なんだ、村が隣同士じゃないか、と。
 そんな彼女だから、伯父に一人前と認められて村にある支店を任され、一緒に村に帰ってきた彼女は簡単に村の生活に溶け込んだ。

「生まれてきた子供を殺すというのなら、まず僕を殺してからにしろ!!」

 無意識に構える。
 自慢じゃないが、これでも去年まではライト級プロボクサーだった。特に動体視力には自信がある。
 引退の理由も町を離れたから。
 トレーニングを欠かしていないこの拳なら、素人の一人や二人、簡単に殴り殺せる。

「どうした、来ないのか!」

「――――ッ」

 彼も、僕のパンチの威力は知っているようで、苦虫を噛み潰したように押し黙る。
 そういえば、この村で商店を始めて、子供の頃は気付かなかったことに気がついた。
 村には他所の村から嫁いできた女性がとても少ないのだ。
 森に囲まれて半ば孤立した村だから当然かも知れないが、それにしても、だ。
 その原因は、あるひとつの教えにあるらしい。

 『他所の村から嫁いできた女が、母になってはならない』

 僕はその教えを、馬鹿馬鹿しいと一蹴する。
 もちろんこの村に生まれた者なら誰だって、その由来となった古い迷信を知っている。
 けど電気が通り、テレビとパソコンが世界中の情報を手元にもたらす様になった現代で、いつまでそんな迷信に拘っているのだろうか。
 現に今年で五歳になる隣の家の女の子は、他の村どころか他の国の女性を母にもつのに、ちゃんと育っているじゃないか。
 昨日だって、照りつける夏の日差しの下で、元気に走り回っていた。

「村長も、神父様も。
 あんたたちは、いったい何時まで吸血鬼に脅えているんだ!」

 かつて兄のように慕っていた男を一喝する。
 子供の頃は逞しくて生き生きしていた彼も、鬱屈した村の生活を繰り返すうちに磨耗したのだろうか?
 彼に、昔の面影はあまりない。

「リヴェル、どうなっても知らないぞ」

 そう注げた彼の声は、どこか脅えのような色を含んでいた。
 彼は僕の怒号に憎しみの視線を返し、くるりと背中を向ける。
 真円を描く月に照らされた彼の背中が、やけにはっきり見えた。

「あなた……」

「心配するな。大丈夫さ」

 台所に戻った僕を、不安に表情を曇らせた妻が出迎える。
 こんなやり取りを毎晩繰り返してもう一週間になる。だがそれも今夜まで。
 なぜなら村長が告げた期限が今夜だから。
 おそらく明日になれば、村長と教会は何らかの強行手段に出るだろう。

「もういい、この村を出よう」

 だからこそ、急がなければならない。
 結局、夢は夢でしかなかったんだ。
 元々、儲けはほとんどなかった。それでも営業を続けていたのは、村の為に働きたかったからなのに。
 村の人たちだって良くしてくれていたのに、子供が生まれた途端に掌を返すなんて。

「でも、この村にはあの子のふたりの弟も眠ってるのに」

「……それも大事だけど、このままこの村に居たら、あの子も危ないかもしれない」

 初めて授かった僕たちの宝物は、隣の部屋のベッドですやすやと眠っている。

「あの子の為にも、僕たちが出会った町に帰ろう。
 喜びも悲しみも全部、三人分。
 三人分の命を持つこの子には、他の人の三倍、幸せになって貰わなくっちゃ」









 ――― #13 ―――
 第一話:『父は嘆く』










「あなた、起きて!」

 深夜、妻の悲壮な声で目が覚めた。
 まいったな、予想以上に酒がまわっていたらしい。
 居間のソファーでうたた寝をしてしまうなんて――――

「火事よ、家が燃えているの!」

「なっ――――」

 その一言で、眠気や酔いがどこか吹っ飛んだ。
 驚いて窓の外を見れば、そこには燃え盛る炎がある。
 けれど何か不自然だ。
 こんなうだるように暑い夜に火を焚く奴はいない。
 台所は反対側だから、あっちに火の気なんかない筈だ。

「まさか、そこまでやるのか……」

 ギリ、と奥歯を噛む。
 窓枠ギリギリの位置に見える小麦色。
 あの窓の外には、たぶん藁かなにかが詰まれている。そしてそれに誰かが火をつけたんだ。
 僕らもろとも、この子を焼き殺す為に。

「逃げよう。もうこの家も安全じゃない!」

 幸いなのか、火の手はそう強くない。
 どうやら火をつけられてからそう時間がたっていないようだ。
 本当に必要なものだけを鞄に詰めて、丈夫な靴を履く。妻も子供を抱きかかえてそれに続いた。
 伝説を妄信する村の住人に見つかれば、この子の命はない。
 だから出るのは、裏の森に続く勝手口から。

「いくよ!」

 靴を履いたまま家を横切り、台所にある勝手口を開く。
 目の前に昼がるのは、月明かりに照らされた幻想的な森の木々。
 その中を、妻の手を引いて駆け抜ける。
 けれどその行為は、結果的に無意味に終わった。




 / / / / / / / / /




「えっと、こんばんは―――じゃない。はじめまして。
 私は聖堂教会、ヴェステル弦楯騎士団の団長を務めるリーズバイフェ・ストリンドヴァリ。
 君はリヴェル・レイドリッヒであってるかな?」

 囲まれた、そう思ったときにはもう終わっていたんだろう。
 周囲を黒いジャケットに同色のズボン、腰に純白のマントを纏った者たちが囲んでいた。

「お前たちは、何者だ?」

「教会の異端審問官、といえば解ってもらえるかな? ああ、映画とかで有名なエクソシストの同業者だよ。

「異端、審問官?
 そんなのがいったい何の用だ?」

 異端審問官。時代錯誤な名詞に目眩がする。
 いかにも怪しい肩書き。
 けれど彼女たちの気迫と存在感が、それを笑い飛ばす事を赦さない。
 だが僕たちを囲んでいる者たちは、みな一様にジャケットの内に白銀の鎧を纏い、手と足をメタルグローブとメタルブーツで固めている。
 その様はまるで騎士。20世紀の現代にはおおよそそぐわない―――――女性たちだった。

 まぁ、それが普通だね。
 じゃあ私は面倒ごとが嫌いだから単刀直入に言おう。リヴェル、その子をこちらに渡すんだ。
 私たちはただ確かめたいだけ。
 その子が祝福されるべき子なら、すぐに返すから」

 そう言って一歩、彼女は前にでる。
 恐らくはリーダーと思われるリーズバイフェという若い女性。
 白い髪をポニーテールに纏めた少年のような女が僕と妻の道を塞いでいた。
 悪ふざけには、到底見えない。

「うん、まあ言っても信じられないか。
 だが事実なんだ。
 この村の伝承に基づき、今夜この地に異端が出現する。私たちはそれを抹消しにきた」

 リーズバイフェがゆっくりと右手を上げる。
 すると周囲の全員が武器を取りだした。
 ある者は十字架のような細い剣を両手の指に挟み、ある物は身長を超えるような槍を持っている。
 魂が冷える様な刃の冴え。
 右後ろにいる少女は熊撃ち用のショットガンまで持ち出して来た。そのどれもが地面を向いて、僕や妻のほうは向いていないけれど――――

「これは、脅しですか」

 僕の背後に居る女性の手には、オートマチック式の拳銃が一丁。
 女性に年齢のことは、などとこの場ではどうでもいいコトを考えつつ彼女の年を測る。
 眉の上で切り揃えられ、背中側は腰まで伸びた黄金の髪と鋭利な瞳。年齢は25,6歳くらいだろうか。
 美人は総じて若く見えるから、案外それ以上かもしれない。

 そして目の前のリーズバイフェの瞳には、微塵の油断も無い。
 ボクサーの直感が、勝てないと語る。もちろんとても逃げられるような雰囲気じゃない。
 どこかおっとりとした雰囲気なのに、僕はこの中の誰よりもあのリーズバイフェという女性が恐い。
 僕がジャブを撃つよりも早く、彼女の拳が僕の額を撃ち抜くという確信があった。

「うん、まあ。そうかな。
 いや別にリヴェルさんに何かする気はないから。ただ、確認だけはさせてもらう。
 リュオ、赤ん坊を受け取ってこっちへ連れてきて。
 それとリオネイラさんはシオン・エルトナム・アトラシアに連絡をお願いします」

「わかりました」

「了解した」

 彼女がそう命じると、真後ろにいた女性は懐からトランシーバーを取り出してどこかにいる仲間と連絡をとる。
 その様子からして、彼女がリオネイラなのだろう。
 またそのリオネイラと同じく返事をした若い女性が、僕たちに歩み寄ってきた。

「く、来るな!」

 僕はハッとしてリュオと呼ばれた女性の前に立ち、進路を遮る。
 この子は、僕たちにとって掛け替えの無い宝物なんだ。何かあろうとも絶対に渡すものか。

「困ります。さきほど団長がおっしゃったように、私たちの目的は確認することです」

「なら、なんでこんな物々しい武装をしているんだ!」

「それは――――」

 女性が言葉に詰まった。
 やっぱりか、本当の目的は何だ! そう怒鳴ろうとした時、僕の質問にリーズバイフェが代わりに口を開く。

「それは、この一件がそれほど重大なものだから、かな。
 そもそもたった一体の吸血鬼を討伐するために、教会が騎士団をまるまる一個派遣するなんてありえないんだ。
 なのにそうするのは、その子が世界でもトップクラスの吸血鬼に成る可能性が有るから――――いや、既に『成って』いる、と思う。
 確信はないけれど、その赤ん坊は雑音が酷すぎる」

 ガシャ、と機械をセットする音が聞こえた。
 見ると、リーズバイフェが武器を取り出している。
 それはチェロの形をして、裏に杭撃ち機を取り付けたような奇妙で巨大な盾だった。

「いい加減にしろよ、お前たち。
 ズェピアがいったい何をしたって言うんだ!!」

 歯を食い縛り、騎士たちを睨みつける。
 それが効いたのか、リュオという女性は見るからに動揺しだした。

「い、いま、お子さんの名前を何て言いました?」

「ズェピアだ。それがどうかしたのか!?」

 聞いた瞬間、彼女は慌てた声で後ろを振り向き、叫ぶ。

「リヴァル、落ち着いて聞いて。 君は何も悪くない。
 けど君がその子につけた『ズェピア』という名は、その基と成った吸血鬼の名前なんだ。
 だから“吸血鬼に成る”という噂で括られ、『ズェピア』と名づけられたその子は、恐らく二十七祖まで登り詰めたズェピア・エルトナム・オベローンの再来と成る」

 リーズバイフェの宣告にも似た言葉を聞いた瞬間、途轍もない威圧感が、僕たちを打った。
 それに気を取られた一瞬の内に、リュオが僕の横をすり抜け、妻の前に立っている。

「気をつけて、赤ん坊とはいえ油断は――――避けろ、リュオ!!」

「―――ッ、が……」

 リーズバイフェが叫ぶ。
 慌てて振り返り目を見開いた。その光景が、信じられなかった。
 まだ赤ん坊で、まともに動くこともできないはずのあの子が妻の腕の中で俊敏に動き、右手を突き出す。
 その指の爪がまるで槍のように伸びて、リュオの首を貫いていた。

「ひっ―――あ……」

 妻が、そのあまりの出来事に悲鳴をあげかけ、次の瞬間にはあの子に首筋を噛み切られた。
 一切歯の生えてなかった筈のあの子の口には鋭い乱杭歯が並んでいて、それが妻の血で真っ赤に染まっている。
 妻の血が飛沫となって、周囲の地面を赤く染めた。

「う、うわぁぁーーーっ!!」

 何もかも訳が解らなくなった。
 妻の身体が真っ赤に染まり、彼女を染め上げたのは僕たちの子供だった。

 ありえない
 ありえない
 ありえない

 あの古い迷信が真実だなんてありえない。
 妻が死んだなんてありえない。
 あの子が、吸血鬼だなんてありえない!

「ああああぁぁぁぁーーー!!」

 膝から崩れ落ちる妻を抱きとめようと走り寄る。
 その僕に向かって、鋭い爪が伸ばされる。
 回避は不可能。カウンターなんて論外。ああ、死んだ。

「この、下がって!」

 ハッキリと自分の死を見た僕を、誰かが後ろに思い切り引っ張った。
 同時に、目の前を覆う巨大な盾とそれを持つ人影。刹那遅れて聞こえる、甲高い金属音。

「無事だね、じゃあ立って。
 奥さんは残念だけどもう死んでいる。だから君だけでも逃げろ。
 ボクシングで欧州王者になった君の足なら、出来るだろう?」

 リーズバイフェの視線は、そう言いながらも目の前の光景を粒さに見つめている。
 リオネイラという女性がヴァイオリンのような盾を構え、現役時代の僕を遥かに超える速度で踏み込んだ。
 ハンドガンは近接武器。
 それを体現するかのような動きで銃を突きだす。

「シッッ!!」

 直後、短い破裂音とともに銃口から吐き出されたそれを、あの子は跳躍して躱した。
 信じられない高さ、その事に震える。
 自身の数倍など、人間に到達できる高さじゃない。

「ハッ――――」

 だが、リオネイラはそれに追い縋る。
 ゼロ距離射撃が躱されたと見るや、膝を沈めて一息に飛び上がった。
 そして突きだされる、ヴァイオリン型の盾の先端に取り付けられた銀の杭が、天を貫くかのように上空のズェピアを狙う。

「甘いよ……」

 不意に、なんだか聞き覚えのあるような声が聞こえた。
 驚きで目を見開いた。
 それは妻とよく似た声。
 位置からして、その声は紛れも鳴くズェピアの喉から発せられていた。

 たった数分前までは普通の子供だったあの子は、もう化け物だった。
 目の前で繰り広げられる異世界に視界が揺れる。
 あの子は、異常な早さで成長を始めていた。

 あの子が一息に右手を振り抜き、リオネイラの突き出した盾をはじき返す。
 さらにそのままの勢いで身体を横に回転させ、左の爪でをバランスの崩れた彼女の身体を捉えた。

「――――がっ!!」

 ドン、と地面が揺れた。
 爪撃についで落された踵蹴りで地面に対して垂直に叩き落されたリオネイラは地面と、正確にはそこに横たわっていた妻の遺骸と激突し、くぐもった声を上げる。
 飛散する血液。衝撃で弾む彼女の身体。
 ヘビー級の右ストレートなど軽く馮河したそれは、バケモノと呼ぶに相応しい膂力が生み出す結果だった。

「バッドニュース……」

 未だ空中にあるあの子の口から紡がれる言霊に息を呑む。
 全身に奔った寒気は、決して勘違いなどではない。
 振り上げられた右腕へと、とてつもなく嫌な『何か』が収束していくのを肌で感じる。
 同時に誰かが「逃げろ!」と叫んだ。その眼が、眼下の獲物を正確に捉えていたから。

「ライ!」

 声と同時に、黒い霧が巨大な爪となって地面を抉った。
 土煙が舞い、血飛沫が舞う。
 そこに在った妻の遺骸は寸断され飛び散った。

「く……」

 甘いとは知りつつ、思わず目を背けた。
 妻の惨状を見れば解る。そこに在った命が、どうなったのかくらい。
 だがその予想に反し、横間から飛び込んだ別の女性によってリオネイラは間一髪のところで救出されたようで、代わりに割って入った女性の腰布がボロボロになっていた。

「ああぁぁーーっ!」

 同時に響く、裂帛の気合い。
 目の前にいたリーズバイフェが、その巨大な盾を持ったまま疾駆し、落下してくるあの子の下に潜り込んだ。
 そこから抉るように盾が半月を描き、上方へと打ちあがる。
 盾の先に設けられた薄青の杭が、スマッシュにも似た軌道であの子に迫る。

「あははっ!」

「ヤッ!」

 だかそれも弾かれ、ほぼ同時に着地した両者は地上での攻防に移る。
 リーズバイフェの強力な中段突きを、あの子は間一髪で避けると、お返しとばかりに空に向かってあの嫌な何かを纏う爪を振り上げる。
 だがそれを彼女は素早く巨大な盾で受け、間髪入れずに攻撃を返す。

 どうやら、間違っていたのは僕の方らしい。
 とても人間には到達できない? 大きな間違いだ。
 世界は広く、物語の中にしか居ないような怪物が居て、その怪物に立ち向かうことの出来る怪物のような人間もいるらしい。

 どちらの攻撃も、遠目でなければとても眼で追えない。
 その攻撃はかつて見たフライ王者の数倍は早く、ヘビー級チャンピオンの数倍は重い。
 僕など、足下にも及ばない。

「今だ、やれ!」

 月夜の森に、リーズバイフェの声が轟く。
 苛烈な攻めを見せていた彼女が、一転して後ろへと跳んだ直後、あの子を包囲した他の面々が構える武器が一斉に火を噴く。
 ざっと見ただけでも、20人以上女性が持つ武器があの子に殺到する。だが、それでも――――

「く―――、逃げられた」

 杭の先をあの子に向けていたリーズバイフェが苦々しく呟いた。
 見れば地面にあの子の姿はなく、破壊の衝撃で盛大に抉られた地面だけがある。

「あの一瞬で黒い霧に転じて、攻撃をすり抜けるなんて……」

 驚きとも悔しさともとれる言葉を漏らし、彼女が僕のほうに向き直った。

「それで、ああ、無事みたいだね。立てるかな?」

 そう言われて初めて、自分は腰を抜かして地面にへたり込んでいたことに気付いた。
 慌てて立ち上がろうとするが、膝が笑って力が入らない。

「あぁ、いいよ。無理をするな。誰か支えてあげて」

「了解しました。
 大丈夫ですか? リヴェルさん」

 そう言って右腕を差し伸べてくれたのは、驚いたことに先ほど地面に叩きつけられたはずのリオネイラだった。

「あ、あんた、大丈夫なのか?」

「ええ、きちんと鎧を着ていますからね。
 あれくらいなら大丈夫です」

 そう言って、リオネイラはにっこりと笑った。
 穏やかな、暖かささえ感じる笑顔なのに、何故だか背筋が冷える。

「さぁ、しっかりしましょう、か!」

 途端に緊張の糸が切れ、崩れそうになった僕を、リオネイラがぐいと引き起こした。

「すいません、迷惑をかけて」

「いいえ、困っている方に手を差し伸べるのが我々の役割ですから、お気になさらずに」

 そして僕の腰のベルトを掴み、強引に立たせた直後、不意に彼女の胸元でアラーム音が響いた。
 すぐに胸元から音源のトランシーバーを取り出し、応える。
 そのうちに、みるみるその顔が強張っていった。

「団長!」

「解っている、こっちにも連絡が来た。
 リードレインはリュオを連れて本拠地まで下がりなさい。リヴェルさんはこのまま直ちに村から去ること。
 残るメンバーは3人一組で村へ急いで。
 いいか、敵は二十七祖の『タタリ』だ。くれぐれも油断するな。散開!!」

 リーズバイフェが切迫した様子で指示を飛ばすと、騎士たちは一斉に村に向かって駆け出す。
 その動きはよく訓練された軍隊を彷彿とさせた。

「リオネイラさん、あの子は、やはり吸血鬼なのですか?」

「ええ、残念ですが、貴方が見た通りです。
 気の毒だけど、一度吸血鬼になったらもう人間には“戻らない”
 だから、今は自分が生き残ることだけを考なさい」

 そう言って、彼女は血まみれになった地面を見る。

「いいですか? 理解できなくてもいいので、よく聞いて下さい。
 あの吸血鬼は通称、『ワラキアの夜』と呼ばれる恐ろしく凶悪な存在です。
 奴は自身の身体を捨て、現象となって現世に残った存在であり、特定のコミュニティに存在する『噂』を具現化する。
 貴方の子供は、その寄代に選ばれてしまったのです」

 そう、彼女は淡々と説明した。
 殆どどころか、全く理解できない。
 吸血鬼? ナンだよ、ソレ。
 だがその中で、ひとつだけ気になることがある。

「その噂と言うのは、
 『他所の村から嫁いてきた女が三ツ子を孕み、そのうち二人が死産だど残るひとりが吸血鬼と成る』というやつですか?」

「はい」

「そんな、信じられない。てっきり迷信とばかり」

「いいえ、迷信は迷信ですよ。
 けど今回、『ワラキアの夜』はその迷信を現実に 置き換えた。
 だから奴が余計なことをしなければ、何も起こらなかったのです」

 そう言って、彼女は懐にあった煙草を取り出し、火をつけた。
 甘い、イチゴのようなチョコレートのような香りが辺りを満たす。

「吸いますか?」

「いえ……」

 恐らく、それは彼女なりの気遣いだったのだろう。
 甘い煙の中で、煙草の吸えない僕は代わりに大きく深呼吸して気持ちを落ちるかせる。
 絶望が、胸を支配した。
 迷信と鼻で嗤っていたものに逆襲され、僕は妻と子を失ったのだ。

「申し訳ありません。
 もう少し早く気付いていたら、少なくとも奥さんは救えたでしょう」

 ぼそり、とリオネイラの口から零れた言葉。

「いえ、いいのです。貴女たちが悪いんじゃない」

「……ありがとう」

 卑怯だ。
 こんなにも僕の妻と子供のことを悼んでくれる人を、責められるわけがないじゃないか。

「リヴェルさん、この村はこれから戦場になります。
 このまま大急ぎで山を越えれば、日付か変わる前に村の境を越えられるでしょう。
 せめて貴方だけでも、生き残って下さい」

 そう言って、リオネイラさんはリーズバイフェさんと共に、僕を残して森に消えた。
 陸上競技のスプリンターも真っ青の速度で走り去った彼女らを、僕は追うことも出来ずに立ち尽くした。

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【黒×DMC】Eepilogue:Devil May Cry

   Inertlude…

「―――――ッ!!
 じゃあな親父。あの世でも達者でな。母さんと兄貴にもよろしく言っといてくれ。
 俺はすこぶる元気だって!」

 そう言い残し、アルトリアに続いてダンテも走り出す。
 工房から始まった崩落は見る見るうちに地下倉庫を飲み込み、スパーダの周囲には天井を覆っていた巨大なコンクリート片が落下する。
 間一髪で元来た道をかけ戻るアルトリアとダンテだが、彼らの速力ならば何とか地上に出られるだろう。

「ああ、必ず」

 だからスパーダも約束した。
 必ずエヴァに伝えよう。
 私たちの息子は、ちょっと手がつけられないくらい元気だったと。

「それにしても、悪くないひと時だった」

 初めから、これが真っ当な召喚ではないことは理解していた。
 胸で拍動する得体の知れない何かからは昔馴染んだ魔力が供給され、与えられた肉体は造りもの。
 しかも渡された武器は、封印した筈の魔剣スパーダ。
 これで疑わないほうがどうかしている。
 だがそのお陰で成長した息子を見られた。己の想いを伝えることが出来た。

「―――――ッ」

 限界が近い。あと数秒でこの肉体は朽ちて崩れ落ちるだろう。
 彼にとって二度目の死。
 否、英霊へと昇った彼にとって、回数は既に無限である。
 彼は『世界』の続く限り、対悪魔用の最終兵器として運用され続けるのだから。

「エヴァ……」

 もし妻が、この決断を知ったら怒るだろうか?
 あの日、自分の妻の妊娠を知った時、彼は苦渋の決断を迫られた。

 妻の命か、子の命か。

 悪魔と人間の子供というのは、在り得ない事ではない。
 だが悪魔の、それもスパーダのような最上級の悪魔の仔を孕めば、母体は絶対にもたない。
 日々成長していく胎児の膨大な生命力に栄養と命を吸われ、最後にはその腹を内側から食い破られて死に至るだろう。
 だから彼は選ばなければならなかった。しかし、到底選べる訳が無かった。

 愛する夫との子供を授かり涙を流して喜ぶ妻に、堕ろせなどと、どうして言えるものか。
 僅かずつ妻の胎内で成長していく息子の姿を思い浮かべながら、彼は愛を知ったが故の苦悶に苛まれた。

 そんな時に、『世界』は彼に囁く。
 妻と子の命。
 どちらも救う方法があるとすれば、どうすると。

 スパーダの決断は極めて早かった。
 即決と言ってもいい速度で彼は『世界』の案を受諾する。
 妻と子の為に、彼は世界と契約した。悪魔が再び侵攻を開始し、人間が敗れた時は最後の防波堤として幾度でも戦場に立つと。
 そうして彼は己の死後を『世界』売り渡し、“守護者”に成ったのだった。

「私たちの息子は、強く育ったよ……」

 しかし立派に成長した息子の姿を見れば、あの時の決断は決して間違ってなかったと胸を張れる。
 もはや立っていることもままならず仰向けに倒れたスパーダは、最後に愛する妻への言葉を呟き、現世から消滅した。

   Interlude Out





   To Cross Over “Devil May Cry”
        Eepilogue
       Devil May Cry






「――――――と、いう話だ。興味深いだろう?」

 休憩も挟まずに話し続けたアルトリアの話が終わった。
 窓の外の陽は傾き、オレンジの光が照らしている。
 そんな中で話を聞いていたさつきも凛も、余りに突飛な内容に途中からフリーズしっぱなしだった。

「………えっと、フィクション?」

「事実だ」

 何とか再起動を終え、現実逃避気味に放たれた凛の一言をアルトリアはバッサリと斬り捨てる。
 いずれ敵に回ることが解っている凛が居たので、アルトリアは彼女に自身の素性は語っていない。
 だから凛の驚きは倍以上だった。

「はぁ、本当にスゴイですね、アルトリアさん」

「さつきさん、そんなひと言で済まされるような事じゃないから!
 アルトリア、アンタどこまで常識から外れてるのよ!!」

 神秘というものの存在は知っているが、それにしてもあんまりな出来事に凛は思わず叫んだ。
 一応、御三家の頭首として恥ずかしく無い程度に知識の蓄えはあるが、それにしてもあんまりな事実である。
 英霊とタメを張るなど、どんなバケモノだ。

「アンタ、頼むから聖杯戦争に参戦しないでよ。ルールが色々と壊れそうだから」

 もはや呆れたような凛のひと言に、アルトリアはただ笑うだけだった。
 彼女も凛も、第五次聖杯戦争の開戦にはまだ50年以上の猶予があるというのが共通認識である。
 だからこその冗談なのだが、それが冗談で済まなくなるのはもう少し先の話だった。

「ところで、そのスパーダさんの持っていた魔剣はどうなったんですか?
 やっぱりスパーダさんと一緒に消えちゃったとか?」

 聖杯戦争に関しては全くと言っていいほど知識のないさつきは、手持ち無沙汰に思考を泳がせてある疑問に行き当たった。
 ダンテの事務所から盗み出され、スパーダの胸を貫いて壁に刺さったというなら、もしかしてまだその地下室に埋まっているのだろうか?
 もしそうならば、聖堂教会も魔術師協会も黙っていまい。

「ああ、それならその後私が回収した。
 さっきの話も、奴側の事情はそれを届けに行った時に聞いた話だからな」

 何でも無いかのように、さつきの質問に答える。
 あの後、とある事情で再び地下に潜ったアルトリアは、倒壊した地下室に漂う魔力の残滓に気付き剣を発見したのだった。

「ちょっ、ちょっと待って。
 その魔剣スパーダって、現存してるの!?」

「凛、ちゃんと話を聞いていなかったのか?
 ダンテの事務所から盗まれたと言っただろう」

「だって、てっきりサーヴァントとして呼び出されたスパーダの武装だと思っていたから!
 なによそれ。
 魔剣士スパーダの宝具がまだ存在するなんて、とんでもない大発見じゃない!!」

 現存する宝具というのは、極めて稀である。
 有名なところでは北欧の大家であるフラガ家などはいまだに伝えているというが、それは特異な例だろう。
 時間と言うものは往々にして残酷で、神秘は神秘としてのカタチを日々失い続けているのだから。
 しかし、アルトリアの爆弾発言はコレだけではなかった。

「と、言うかな凛。
 お前はその魔剣スパーダに 触 っ た こ と が あ る ぞ 」

 ピシ、と凛が彫刻化する。
 ギギギとぎこちなく首を動かし、「今、何て言った」と問いかける様を見て、アルトリアは悪戯を成功させた子供のように唇を吊り上げた。

「ほら、私が常にギターケースに入れて持ち歩いていた剣があっただろう?
 さつき、貴様と初めて逢った夜にその腹を叩き斬ったあの剣だ」

 そう言って彼女は、さつきの腹を指差す。
 実は魔剣スパーダは、発動前と発動後でその銘が違う。
 封印を施し、ほぼ全ての力を押さえ込んだ剣の名は『フォースエッジ』
 アルトリアがその切れ味の悪さと頑強さから愛用した、あの鈍銀の刃である。

「うそ、あの剣がそうだったの?
 だってアンタ、あれをリビングのソファーで手入れとかしてたじゃない!
 それに今、返しに行ったって―――――」

「返しに行って、つき返されたよ。
 あんなにも簡単に盗み出される自分の下に置いて置くのは不安だから、しばらく預かってくれとな。
 こっちも中々いい剣が見つからなかったのでちょうど良かった」

 ダンテにしてみれば、兄から託された父親の形見を容易く奪われ、しかもそれが魔界を再び開きかねない事態の原因となったのだ。
 当時の彼にも色々と思うところがあったのだろう。
 もしかしたら彼が回収に赴かなかったのは、そのまま埋めておいたほうが安全であるという判断だったのかもしれない。
 だからと言って、それを「ちょうど良い」のひと言で受諾してしまう彼女も彼女だとは思うが。

「じゃあ、まだあの剣はアンタの手元にあるのね?」

 凛は思わぬ展開に喉を鳴らした。
 遠坂家の悲願は第二魔法への到達。
 そこから多少脱線するとはいえ、目の前に現存する宝具があるならば研究せずにはいられない。
 もしかしたらそこから、思いもよらぬ発見があるかも知れないのだ。

「いいや、残念ながらもう返してきた。
 ちょっとこれからは、持っているだけで面倒な事になりそうだったのでな。
 アメリカ行きの用件はそれだった―――――って凛、そんな残念そうな顔をするな。
 身近にあったのに気付かなかったお前が悪い」

「だって、まさかあの剣がそんなとんでもないものだなんて思わないもの。
 あぁ~、貴重なチャンスを逃したぁ……」

 あからさまにガッカリした表情で、凛は頭を抱え込んだ。
 手に触れる位置に宝具がある機会など、次は果たしてあるかどうかである。
 もちろん聖杯戦争を除いてだが。

「それよりもさつき、そろそろシエルが来る頃だぞ?」

「あ、そうですね。
 わたしはまだ詳しいことは聞いていないですけど、決定って事でいいんですか?」

「恐らくな」

 ふと、背景に縦線を引いている凛から時計に視線を移したアルトリアが来訪者の名を告げた。
 それに呼応するかのように、病室のドアがノックされた。

「シエル先輩!」

 そのドアが開きその女性の姿が見えた瞬間、さつきの元気な声が響いた。
 現れたのは、弓塚の高校の三年生であるカソック姿の先輩だった。

「おひさしぶりです、弓塚さん。アルトリアさんも。
 それから始めまして、貴女の事はアルトリアさんから伺っていますよ、遠坂さん」

 その後、シエルの正体を知った凛が思わず忍ばせていた宝石を手にしてそれを簡単に止められたり。
 彼女が持ってきた爆弾のような報告。
 アルトリアの埋葬機関番外位への任命で再び石化したりするのだが、それはまた別の話である。
 またこの日の夜久々に心象世界に招かれたアルトリアが、円卓の4時の位置に突き立つ赤黒く分厚い魔剣を見て大いに笑ったりしたのだが、それもまた別の話である。
 ひとしきり笑った彼女は自分の席に座り、ただひと言「還ったか……」とだけ呟いた。




   / / / / /




 アメリカ合衆国のとあるスラムに、その店はある。
 便利屋『Devil May Cry』
 社員がダンテだた一人であるにしてはもったいないくらい広い事務所件自宅で、彼はぶつくさと呟きながら夕飯のピザを食っていた。

「ったく、何だってんだ」

 彼がダラダラと愚痴っているのは、昨日の朝にふらりと現れた悪友が急に父親の形見である剣を返してきたからだった。
 確かにあの頃に比べて成長したという自信もあるしもう簡単に剣を奪われるという事はないだろうが、それにしても急すぎる。
 おかげでシャワーを浴びている間も気が抜けやしない。
 ただでさえ何かが起こりそうな気配に、己の中の悪魔がひり付いているのだ。

『RRRRR………』

「Devil May Cry?
 ―――――いや、悪いな。今日は閉店だ」

 不意にジリジリと鳴った電話の受話器を机を叩いて撥ね上げ、用件を聞いてさっさと切った。

「合言葉なしか。ロクな依頼がこねぇな」

 外は綺麗な満月だというのに、景気が悪いことこの上ない。ピザもすっかり冷めてしまった。
 最近は、この店を死体の処理屋か何かと勘違いしている奴も増えやがって、全くもって失礼な話である。
 折角一張羅でキメて待っているというのに、今夜は空振りだろうか。

「……ん?」

 ふと、ダンテの耳が爆音を捉えた。
 リッターオーバーのバイクが奏でるエキゾーストノート。
 悪友の乗る日本のバイクとはまた違った音だ。

「ゴキゲンだね。俺もひさびさに乗りたくなっちまう」

 もちろん免許など持っていないが、そんなのは些細な問題である。
 あの程度の乗り物なら勘で何とかなるものだ。
 そんな事を考えながら音のする入り口の方向を眺めていると、急に差し込む光が強くなった。

「オイ、オイオイオイ!?」

 彼の勘が何だかワクワクするような嫌な予感を告げる。
 次の瞬間、彼の予想から全く外れる事無く、ガラス張りの扉が容赦なくぶち破られた。
 唯一の例外はその乗り手がどっかの組の鉄砲玉ではなく、その服装と体格からして女だという事だろう。
 スローモーションのようにゆっくりと流れる時間が終わり、店に飛び込んだバイクが急ブレーキで停止すると、ガラスの破片が思い出したように降り注いだ。
 最高にクレイジーな客だ。こんな月夜にはこれくらいが丁度良い。

「ワォ、慌てた客だな」

 バイクから降りたのはサングラスをかけた女。
 腰まであるプラチナブロンドの髪と扇情的な服装、抜群のプロポーション。
 美人だ。しかもとんでもなく。
 ダンテの口にも自然と笑みが浮かんだ。

「深夜の美女か。
 トイレなら裏だぜ、急ぎな」

 そんな彼女への礼儀として、彼も皮肉たっぷりの返答を返した。
 ダンテの新たな英雄譚の始まりである。
 彼の事務所の壁では、物言わぬ父の剣が鈍く光っていた。






  ―――――― To be continued Next Episode,“ Devil May Cry ”
























   / / / / /




 彼女がその事実を意図的に語らなかったのは、その場にさつきがいたからだろう。
 己が見出し、これから手をかけて育てていこうと決めた彼女に、要らぬ不審を抱かせる意味は無いと思った。
 初めは狩りの獲物でしかなかった彼女に、有り得たかも知れない己の運命を教える必要など無いと判断した。
 ただ、それだけの事なのだろう。



   Interlude…

「くそっ、何故吾がこんな目に!!」

 苛立ちを含んだ声で、ユニテリウスはぐしゃぐしゃになった実験器具を掻き分けていた。
 不意にズキンと顎を痛みが突き抜けるたびに、怒りがふつふつと湧き上がる。

「ぐ、痛い。何故だ!!」

 とっくに治癒魔術をかけて傷は全快している筈なのに、いまだに彼の顎は痛みを訴えた。
 その地点を打ち抜いたダンテのアッパーは、ひょっとしたら彼のプライドすら打ち抜いたのかもしれない。
 中世の貴族に端を発するウロボロス家の影響力を背景に事業を興し、たった一代で巨大な企業グループを成立させた彼である。
 絶えず勝者の側に居り、遂にはこの世界の神秘に触れ真理に届こうかとしたところからの急降下は、彼に多大なるダメージを与えたのだろう。
 その最後の一押しをしたダンテは、ユニテリウスにとって憎んでも憎みきれない相手である。

「赦さんぞ、ダンテ」

 彼の噂は、知らなかったわけではない。
 とあるスラムに店を構える便利屋―――――というのは表の顔。
 裏の顔は、悪魔を狩るデビルハンターであり、伝説の魔剣士スパーダの息子。
 今回の計画にとって最大の障害となりえる人物だった。
 だからフロストに彼の処理を任せ、フォースエッジの入手と同時に彼を葬る予定であったのに。

「クソッ」

 苛立ちを倒れこんだ本棚にぶつけた。
 死徒の剛力で本棚が砕けて本のページが舞い上がり、それと引き換えに足先には激痛が奔る。
 全くの悪循環だった。

 そもそも、あの時はとにかく必死だったが、だからといってこの部屋に逃げ込んだのは失敗だった。
 ここは彼の工房の最奥。ユニテリウス家の全てが詰まっている部屋である。
 その入り口は巧妙なカムフラージュと結界によって、彼ではない者が発見する事はまず不可能。
 仮に偶発的に見つかったとしても、幾重にも張り巡らせたトラップによって害意の侵入を拒む仕組みになっている。
 だから一時的に危機から逃れるには最適だが、元がそうである故に外に通じる非常階段などある筈が無い。
 魔術に関しては素人のダンテから逃れたのはいいが、かといって此処から出ることも出来ないという袋小路に追い込まれてしまったのだ。

 そこに来て、なぜか開いた魔界の門。
 偶然などではなく、間違いなく何者かの策なのだろうがそんな事はどうでもいい。
 問題はそれにこの部屋の入り口を含むいくつかのトラップが反応し発動したことだ。
 元々崩れる寸前にまで崩壊が進んでいた工房全体が一斉に崩落を開始する。
 お陰で、最後の最後まで残っていたこの部屋の実験器具まで滅茶苦茶だ。

「とにかく、地上に出ねば。
 一度ワシントンに戻れば、如何様にも再起が―――――」

「その必要ないぞ?
 貴様は此処で終わるのだ」

 ゾッ、と背筋が寒くなった。
 ユニテリウスの背中を冷たい汗が流れ落ち、彼は恐る恐る顔を上げる。
 ダンテか? 否、これはまるで氷の様に冷たい若い女の声だった。

「『黒剣』……
 アルトリア・セイバー……」

「ああ。やっと見つけたぞ、ユニテリウス・ウロボロス」

 崩落によって入り口を見つけ、途中で拾ったフォースエッジを片手にそこに立っていたのは、黒き騎士王。
 彼女の噂は、同胞から聞いている。
 最近活動を開始した途方もない実力を持つ新米ヴァンパイア・ハンター。アルトリアがそこに居た。

「慈悲をやろう。
 何か言い残すことがあれば、聞いてやる」

 右手のフォースエッジを床に突き立てると、変わりに虚空から黒と紅の魔剣を取りだす。
 その威容に、無性に心がざわついた。
 フェルメールの名画に、ペンキをぶちまけられたような感覚。
 急に足下がなくなり、暗闇に堕ちる衝撃。

「ぅぅぁああアアアア゙ア゙ア゙ァァァァーーーー」

 気付けば、ユニテリウスは駆け出していた。
 頼りにしていた使い魔は既に無い。在るのは、死徒に堕ちた身ひとつ。
 目の前に現れた明確な“死”目掛けて、その壮年の容姿からは想像もつかない速度で彼はアルトリアに迫った。
 まともに戦って勝てるなど思えない。
 乾坤一擲、一か八か。
 その露出した顔面に齧りつき、眼球に指を突きこみ死徒の膂力をもってバラバラに解体する。
 この女は、眷属として蘇らせることすら恐ろしい。

「あながうか。それも好し。ただし、」

 だらりと下げられたアルトリアの右腕がブレた。
 黒い筋が、目の前を通過した。
 それを追うように腕が舞う。アレは、吾の、腕だ……

「ギィ……」

 激しすぎる痛みは横隔膜を引き上げ、悲鳴すら吐き出せない。
 一閃で両腕を斬り飛ばされたユニテリウスは、勢いを殺せずにアルトリアの横を通過して顔から着地する。

「ガッ!?」

 その首筋に、強烈な痛みと嫌な音。
 床と衝突した彼の後頭部を、アルトリアは具足で思い切り踏みつけた。
 聞こえたのは脊柱の折れる音と、聞こえるはずなどない神経の千切れる音。髄液の噴出する音。

「アガッ!!!」

 さらに両足に焼けるような痛みが奔った。
 両脚を切り離される痛みだった。

「少し長いな」

 突撃時に少し引いていた分、肘が残っていた左腕が右腕と同じ長さに切り揃えられた。
 さらに彼女は二の腕と太腿から先を失い、達磨に近くなったユニテリウスを裏返して仰向けにすると、アルトリアはその口を何度も踏みつける。
 ビシリという音が響き、上下の乱杭歯ごと歯槽骨が微塵になった。

「――――~~~~~―――――!!!?」

 ユニテリウスの口から発せられる音は既に悲鳴ではなく、正気も残っていない。
 濁った黄金の目で見下し、淡々と彼に処理を施すアルトリア。
 最後に銀で作成した剣山付きの蓋で両腕両脚の切断面を覆い復元を阻むと、骨が砕けてふにゃふにゃになった顎に拘束具を嵌めて固定する。
 流れ出す血と魔力補うために喉には輸血用の針を突き刺した。
 彼女は、ユニテリウスに死ぬ事すら赦さない。
 しばらくアルトリアの処置の音だけが響いていた部屋から、トランクの蓋を閉める音を最後に音が消えた。

「さて、あとは情報を攫って帰るか。中々に愉しい旅だった」

 アルトリアはそう呟いて、ウロボロス家の秘術とユニテリウスの集めた魔術具の数々を持ち地下を後にした。
 この後、約四年。
 アルトリアがシエルと交戦し、その身体の魔力を吸い出されて出涸らしに成って果てるまで、彼は言峰教会の地下で飼われ続ける事になる。
 それは成功者として社会に名前を刻んだユニテリウス・ウロボロスの、余りに惨めな最後だった。

   Interlude Out



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【黒×DMC】Episode-14:JockPot!!!

 心象世界を展開するための魔力が尽き、スパーダの固有結界が崩れる。
 頭上から降り注ぐ空の欠片は宝石のように煌き、触れると雪のように溶けた。
 もともと、悪魔の血を結晶化させた魔力で維持していた世界である。
 赤いオーブの吸収が止まった以上、いずれ修正に負けるのは明白だったのだ。

「チ、どうやら誤ったか」

「あ? 何がだ?」

 スパーダとアルトリアが急に戦意を収めた事で、腕の振り下ろす所を失ったダンテは憮然としてリベリオンを遊ばせていた。
 だが遣り切れないのはアルトリアも同じである。
 固有結界同様、エーテルの塊であるスパーダの身体もまた維持するだけで多量の魔力を消費する。
 その対策が、ユニテリウスの用意した素体である。

「この一騎打ちを、中途半端に終わらせてしまったということだ」

 彼がここまで実態を保ち、その能力を発揮出来たのはデビルトリガーを引いた直後に発動させた固有結界あってのことだった。
 マナの独占と悪魔たちを原料に生成されるオーブの吸収。
 あの空間でのみ、スパーダは悪魔として十全の戦闘が可能だったのだ。

 それを破談させたのは、宝具――――魔剣スパーダの使用。
 ある意味でアルトリアのエクスカリバーは、彼の絶対優位の空間、固有結界を切り裂いていたのだった。






   To Cross Over “Devil May Cry”
      Episode-14
       JackPot!!!






「親父……」

 すっかり元に戻った地下倉庫で、アルトリアから完結に事情を聞いたダンテはスパーダの方を振り返った。
 彼は宝具の発動を止めた魔剣スパーダを手に、ただ立っている。
 その存在感が徐々に希薄になっていくのをダンテは感じた。
 彼が、座へと帰る時が近づいているのだ。

「行っちまうのか?」

『――――――』

 スパーダは答えない。しかし僅かに頷いた。
 彼の天性と与えられた存在意義が、それを捉えていた。
 己が、ただでは逝けないことを。
 自分が既に、解除不可能なトリガーを引いてしまっている事を。

「下がれ、ダンテ!!」

 不意にアルトリアが声を荒らげた。
 背中に奔る悪寒にダンテは言われるがまま跳び退き、察知していたスパーダは既に準備を整えていた。
 あるタイミングから、胸の『賢者の石』からの魔力供給が途切れているのも、そういう事なのだろう。
 魔剣スパーダの発動を最後に、『賢者の石』はただ蠢くのみで何ももたらさない。

―――――――原罪の銘(スパーダ)

 だからスパーダは最後の魔力で再び宝具を発動する。
 赤黒い刀身から伸びる紅の光刃を確認し、それを胸に当てた。

「親父!」

 そして自らの胸を、貫いた。

「バカヤロウ!!」

「待て!」

 スパーダの奇行を目にし、衝動的に飛び出そうとしたダンテのコートをアルトリアが掴んだ。
 ズッ、という具足の底を擦る音。
 父の自傷を止めるために飛び出した自分を何故引き止めると、ダンテはアルトリアを睨む。

「よく見ろ、ダンテ」

 何? と怪訝そうな目で視線を彼に向ける。
 そこには貫通した刃の背中側からドス黒い魔界の瘴気を噴き出すスパーダの姿があった。

「ウソ、だろ……」

 その時、貫通した傷を基点にスパーダの身体に紅いヒビが奔る。
 魔界と人界を隔てる封網が、音を立てて引き千切られた。
 たちまちのうちに地下室は魔界から届く瘴気に満たされ、左右のドア、割れたガラス戸を通じて外へと流れ出す。
 咽かえるような血の臭いと腐臭が鼻をつき、眼を霞ませる。
 背筋を、これまで味わったこともないような怖気が這い上がった。

「クソッタレ! これは、魔界が開くぞ」

 ダンテにとっては二度目の経験だった。
 この場所はユニテリウスの度重なる実験と施術によって、何かのキッカケさえあれば容易く繋がる程に魔界との境界が極めて薄くなっている。
 そしてそのキッカケを造る存在、それが彼の心臓に埋め込まれた『賢者の石』である。
 さらに無数とも思えるほど出現した悪魔は全て、薄くなった境を更に削るための生贄でもあったのだ。

 悪魔が死んでその躯から立ち上がる負気で人界を侵し、その中心で最も魔界との波長が会う場所で『賢者の石』を発動させる。
 さて、それらの条件を満たす最も良い方法は何か?
 その答えが、『賢者の石』を埋め込んだ素体への英霊スパーダの憑依である。
 魔帝は、彼ならば必ず派遣した悪魔どもを蹴散らすと読んだ。

「これは……そういうことか。えげつないな」

 そして英霊と成ったとはいえ彼も悪魔。それも世界にその存在を記録された悪魔である。
 サーヴァントとしての存在を持ち、魔力を注ぎ続ける限り現世に留まる彼ほど、安定的な“門”の素材としてふさわしい存在はいない。
 しかもそこにスパーダを固定してしまえば、自分たちの侵攻を英霊スパーダに阻まれることは無いのだ。
 『世界』は、同一存在の重複という矛盾を嫌うのだから。

 今回、この図面を描いたのは決してユニテリウスではない。
 彼がスパーダの素体となる身体に『賢者の石』を埋め込んだのは、あくまでも身体を維持する為の魔力源としてである。
 ならば、黒幕は誰か?
 実はかつて彼に人界侵攻を阻まれ、魔界に封印された魔帝こそがこの一件の黒幕だった。

 2000年という時間によって封印を噛み千切った彼は、裏で手を回してユニテリウスに『賢者の石』を手に入れさた。
 同時に人界と魔界との境界にも干渉し、ユニテリウスに部下の悪魔を召喚させたのである。
 彼はそれを自身の技術の成果だと確信したが、それは間違いだ。
 人間の欲望を利用して人界を危機に落とすというのは、悪魔が最も得意とする方法であるのだから。

 それを召喚されたスパーダはすぐに気付いたものの、その時はもう状況は詰んでいたに等しかった。
 唯一あったのが、予想以上に力を蓄えた息子と目の前の女剣士。
 彼らが居なければ、もしかしたら“門”の完全開通を赦していたかもしれない。


『 殺れ 』


 言葉を奪われた身体で、スパーダは訴えた。
 魔剣スパーダの異能では足りない。何でも切れるが、それは魔力あってのこと。
 心臓を貫き、刻々と命が削られているとあっては、その真価を発揮できるはずも無いのだ。
 だから彼は、指先で深々と突き刺したスパーダの柄を指差した。
 此処を、撃てと。

「………チッ。今回だけだぜ、こんなのは」

 数秒の逡巡のあと、ダンテはホルスターから銃を抜く。
 理不尽、不条理。そんなもの数え切れないほど越えて来た。
 姦計にかかり、無残に散るしかない命を幾つも眼にした。
 ここでスパーダの決意を無碍にして、世迷言を言うほど彼は青くない。

「せめて、ハデに逝かせてやるよ!」

 それしか無いならば、最も己らしい方法で父を葬ろう。
 ダンテは両腕を真っ直ぐに伸ばし、一ミリの狂いも無く柄頭を照準する。

「ダンテ、ひとつ貸せ。
 一騎打ちも中途半端なうえに、美味しい所まで持って行かれて堪るか」

 エクスカリバーを下げ、腕を組んで自分の横に並ぶアルトリアにダンテは無言でアイボリーを渡した。
 この時代に居れば機会があったのか、彼女は危なげ無くアイボリーを右手でホールドする。

「なぁお嬢ちゃん。決めゼリフ、憶えてるか?」

 二人の持つ拳銃に、それぞれ赤と黒の魔力は収束した。はちきれんばかりの魔力がエボニーとアイボリーを軋ませる。
 片や燃えるような赤が遊底を炙り、片や纏わりつくような黒が銃身に渦を巻く。

「ああ。あの品の無いヤツなら、もちろん憶えている」

 流し目でダンテを見上げ、一層の魔力を銃に注いだ。

「OK。行くぜ、親父。
 湿っぽいのは苦手なんでね、パーっと逝こうか!!」

 そして二人は、同じように真っ直ぐスパーダを見つめる。
 身体を内側から裂かれる猛痛などものともせず、彼はその貌に壮絶な笑みを浮かべた。



「「  Jockpot !!!  」」



 銃声が唱和する。
 発射された弾丸は競い合うように加速し、赤と黒が空気に軌跡を刻み込んだ。
 二色の尾を引く二つの流星は徐々に接近し、吸い込まれるように魔剣スパーダの柄に突き刺さる。
 魔力を存分に吸い込んだそれらは弾丸の常識を超え、魔剣は勢いをそのままにスパーダの左胸を大きく抉り壁に突き立った。

『―――――………  』

 大穴という表現すら生温く、スパーダはその赤黒い身体の左肩から横隔膜の辺りまでをザックリと失った。
 限界を超えて消え逝く彼は最後に何事かを呟き、それを聞けたダンテは小さく頷く。
 そのまま彼は一度頷き、ゆっくりと悪魔化を解いた。
 後には彼の寄り代となった人形の身体―――――つまりダンテが覚えている人間の父の姿がそこに在った。

「さらばだ、ダンテ。我が息子よ」

 声を奪われ、酷く聞き取りづらい発音だったが、彼は確かにそう言った。
 許容量を遥かに超える魔力と規格を大きく超える運動を強要されたその身体の肌はドス黒く変色し、毛穴からは血が噴き出している。
 ひと目で既にどうしようもなく壊れていると解るその身体が未だに機能を停止していないのは、スパーダという最上級の悪魔が宿っているためだ。
 彼はただ一言、息子への思いを言葉にするために身体が崩れる痛みに耐えて実体を残したのだった。

「もう行け。あとは……頼んだ」

 彼の膝がガクンと揺れる。
 しかしそれは彼の膝が抜けたのではなく、部屋の床に巨大な亀裂が奔った為だった。
 この地下倉庫も、ユニテリウスの度重なる実験や土を掘り返す悪魔の出現。
 さらには空間的な歪みまで加わり、とっくに限界を迎えていたのだった。

「ダンテ、行くぞ!
 生き埋めになりたいか!!」

「―――――ッ!!
 じゃあな親父。あの世でも達者でな。母さんと兄貴にもよろしく言っといてくれ。
 俺はすこぶる元気だって!」

 そう言い残してアルトリアに続いてダンテも走り出した。
 崩落はそこまで迫っている。
 元来た扉を蹴破り、落下してくる天井の破片を剣で払い、銃弾で打ち抜く。
 数時間前に貫いた石の隠し扉を踏み越え、階段を駆け上がる。
 まだ安心は出来ない。
 地盤が沈下したことで基礎が歪み、つられる様に崩壊していく古い教会の狭い通路を、アルトリアとダンテは一目散に駆け抜けた。
 頭上から降ってくるステンドグラスの残骸は、とても払い切れる量ではない。

「飛び込め!!」

 そう言ったのはどっちだったのか? ともかく彼女らは本当に間一髪のところで、生き埋めの危機を脱した。
 魔界の主がここまで計算していたとは思い難いが、それならば彼女たちはそんな魔帝の苦し紛れの策すらも突破したことになるのだろう。

「ぜー、ぜー、ぜー、
 生きてるかお嬢ちゃん」

「はぁ、はぁ、何とか……
 鎧を着て全力疾走などやるものでは無いな」

「いやぁどうだかな。コッチは馬鹿でかい剣を背負っている上に一張羅が完全にダメになっちまった。
 すっかりガラスまみれだが――――ともかくお互い無事で良かった」

「そうだな。ああ、もう夜明けか、長い一夜だった」

 二人して空を見上げると、教会の倒壊でポッカリと開いた空に太陽が昇っていく。
 たったひと夜の邂逅。しかしスパーダという英雄は、確かな足跡をダンテの中に残した。
 彼の英雄譚は、恐らく彼の息子に引き継がれるのだろう。

「ありがとな、お嬢ちゃん」

「私がやりたくてやった事だ。貸し1ということで勘弁してやる。
 ――――と、しまった。
 私の愛馬が立ちごけしている。これは酷いな、後で修理に出さなければ」

 路面に座り込み、リベリオンと足を投げ出しで朝日を眺めるダンテと、それよりも停めておいたV-maxが気になるアルトリア。
 教会とその地下の崩壊によって道路のあちこちが隆起し、V-maxもその煽りを受けたようだ。
 教会の破片の直撃を受けなかっただけ運が良かったと言えるかもしれないが。

「よっ、と。
 まあともかくだ。これで魔界の脅威は去った、とは、行かないようだな。ダンテ」

「ああ、ヤツラのしつこさは折り紙付きだよ」

 アルトリアはV-maxを起こし、スタンドを立てると再び剣を取った。
 一方のダンテも大剣リベリオンを手に立ち上がり、背中のホルスターから銃を抜く。
 その直後、スパーダの固有結界から逃れた悪魔や、結界消滅後から門の閉鎖までの僅かな時間でこちらに忍び込んだ悪魔たちが周囲を取り囲んだ。

「やれやれ、お互い忙しく成りそうだな、ダンテ」

 剣を下段に構え、アルトリアが愉悦に唇を歪ませる。

「おいおいお嬢ちゃん。
 アンタの職業はヴァンパイア・ハンターじゃなかったのか? コイツは俺の仕事だぜ」

 一体、また一体と数を増していく悪魔の群れを見ながら、ダンテは銃口を遊ばせる。

「なら、今日からは悪魔も狩る事にしようか。
 貴様だけに美味しいところは持っていかせはしない」

「ハッ、上等!」

 朝日が照らす銃声が路地裏に響き渡った。
 舞台の公演は、まだまだ終わらない。

「楽しくて狂っちまいそうだ!!」

 悪魔も哭き出す男が居る。
 便利屋『Devil May Cry』の経営者。デビルハンター、ダンテ。
 後の世に英雄としてその名を刻み込む彼と、黒き騎士王。
 そして2000年の永きに渡り人界を護り続けた最高の魔剣士の、一時の邂逅の物語。



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【黒×DMC】Episode-13:SPARDA

 

汝、背約が故に(スパーダ



 スパーダが次げた瞬間、彼を中心として空気を燃焼させるように焔が走った。
 球状に展開した紅の炎は通過した生命を次々と巻き込みながら膨張し、壁と地面を突き抜けて街を駆け抜ける。
 一区画分、現世に放たれた悪魔のほぼ全てを巻き込んで世界が裏返った。

「ふん、固有結界を眼にするのは二回目か」

 一変した風景を、アルトリアは興味深げに眺めた。
 万華鏡の様な空は青と紺のコントラストを刻みながら移り変わり、様々に隆起する地面は岩盤を重ねたように硬質だった。
 その岩の隙間、クレバスの奥を明るい紫の光が満たしている。
 光に包まれながら、一切の生命を感じない煌きの空間。それがスパーダの心象風景だった。

「ここは……」

 周囲を見回し、ダンテは強い既視感を憶えた。
 此処は彼が“塔”から至った魔界に在る、フォースエッジが封印されていた空間にそっくりなのだ。
 相違点は中心に居るのがあのナメクジの塊のような外道ではなく、伝説の魔剣士であるということ。
 そう、この空間こそが彼が魔剣とともに彼が封じた『忌むべき力』なのである。







   To Cross Over “Devil May Cry”
        Episode-13
        SPARDA







『ア゙ア゙ァァァ―――――!!』

 スパーダが吼えた。
 魔力の放出を伴う咆哮は、ダンテの中にある悪魔すら竦ませる程。
 スパーダという、最上級の悪魔の持つ存在感の発露だった。

『ガァッ』

 背中を流れる悪寒に、一体のブレイド(トカゲの悪魔)が飛び出した。
 狙いはスパーダ。最も近くに居て、アクションの直後であるために最も隙が大きいという判断だったのだろう。

『グァッ!』

 左手側から襲ったブレイドの爪がスパーダに到達するよりも遥かに速く彼の魔剣が三日月を描く。
 ブレイドの判断に反して微塵の油断も無い彼は前足を僅かに後方にスライドさせ、下段から振り抜かれた一刀は易々とブレイドの鱗を切り裂き二つに分けた。
 その時、本来は地面に染みこむ筈のブレイドの血液に変化が起こる。
 ブレイドの身体から飛び散った血がそこかしこで凝集し、苦悶の表情を貼り付けた赤い魔石(レッドオーブ)へと変化したのだ。
 さらに同じく飛び散った血液以外の体液は緑の魔石(グリーンオーブ)に変わる。
 宝石のように輝くそれらは一度地面にバウンドし、スパーダへと吸い込まれた。

「ほう……」

 それを見たアルトリアは自分も試しに手近なところに居たシン・シザーズを斬り殺す。
 絶命したシン・シザーズの仮面が地面に落ちるよりも速く、偽りの身体を構成していた血肉、この場合は仮面が赤い魔石へと変わった。
 ただその魔石は地面にバウンドしても彼女に吸い込まれる事無くその場に留まる。
 そして同じく悪魔を斬り殺しに掛かっていたスパーダが接近した時、待っていたかのように彼に吸い込まれる。

「―――――なるほど、面白い能力だ」

 一番彼から遠い位置にあり、吸い込まれることの無かった魔石を摘み上げてアルトリアは呟いた。
 この赤い魔石は魔力の塊。
 指向性が煩雑すぎるために利用するには特別な術式が必要だろうが、有用なのは間違いない。
 数個出現した赤に対して小さなものがひとつしか出現しなかった緑は、どうやら回復魔術に近い魔力の指向性を持つらしい。
 これならば赤を吸収して絶えず魔力を得て固有結界を維持し、緑で体力と傷を癒し続ければスパーダの精神力が続く限り無限の戦闘が可能である。

 固有結界を維持する赤、体力を回復する緑、そして今しがたダンテが撃ち抜いたブレイドの魂が結晶化した純度の高い魔力を持つ白い魔石。
 これら三色の魔石を殺した悪魔を素にして精製する異能こそ、この固有結界の能力。
 たったひとりで人界に侵攻した悪魔を退けた、魔剣士スパーダの異能である。

『カアァァァーーーーッ』

 それを見て、フロストが吼えた。もはや退路は無いと悟った悪魔たちの目の色も変わっている。
 流石と言うべきか、死地において生き残る術は勝つことのみであると本能で悟っている彼らは前に出た。

「ハッ」

 それを、嘲るような声とともに黒い刃が迎え討つ。
 アルトリアは跳び掛かってきたブレイドの兜を薙ぎで弾き飛ばし、上段から眉間を叩き割ると、そのまま地面を擦って後ろに振りぬき、後ろ足を軸に半回転。
 下から仮面を割られたシン・サイズの鎌を叩き、顎を開く巨大な首切り鋏に挟み込む。

「殺れ」

「任せな」

 刃を噛まされ、最大の武器を破壊された死神もどきが唖然とする間もなく、その仮面をエボニーの魔力弾が貫いた。
 一丁をアルトリアの援護にまわし、僅かに薄くなった弾幕目掛けて土の身体を持つひとつ目の大蜘蛛、サイクロプスが特攻をかけるが、首筋に赤黒い刃を食い込ませるだけに終わった。

『――――!!』

 魔剣によって地面との強制キスを余儀なくされた土蜘蛛の影から、さらにもう一匹のサイクロプスが襲う。
 土の身体を持つ蜘蛛は、その膨れた腹に溜めた岩石を圧縮し、口から打ち出す能力を持っている。
 だが鋼板され貫くそれをダンテ、スパーダ共に避けようともしない。

「ハッ!」
『―――ッ!』

 二人は同じ剣筋で岩を叩き割り、同時に左手のアイボリーと火球がサイクロプスの唯一の眼を灼いた。
 もちろんそれくらいで潰れるほど土蜘蛛の瞳はやわではないが、怯んだ一瞬の後には一足で間合いを詰めたスパーダの刃に貫かれていた。
 彼の剣の長さを考えればありえない事だが、頭から尾部の先まで3メートルはある大蜘蛛を魔剣は貫通してその刃先を覗かせる。

「  ッと!?
 お嬢ちゃん、行ったぞ!!」

 突然ダンテが叫んだ。
 ブレイドの群れに囲まれていたアルトリアが声に反応して上を見上げると、斜め上方に蜘蛛の腹が見える。
 ダンテの眼前からその圧倒的な跳躍力を以って跳び上がったサイクロプスが、1トンほどもある身体で彼女を押しつぶしに掛かったのだ。

「ちっ」

 アルトリアに迫る巨影。
 いくら歴戦の猛者でも超重量を持つ蜘蛛の大跳躍は予想外だったのか、若干の焦りを含んだ声で彼女は前方に飛び込み、ブレイドの間を転がる。
 フライングボディプレスの接近に気付かず彼女を追った迂闊なトカゲを轢き潰しながら着地した土蜘蛛は、右腕を振り上げてアルトリアの背中に狙いをつけた。

『ゴァァ!!』

 間一髪。体勢を整えたアルトリアが膝立ちでその腕を弾き、返しの左腕の外側に飛び込む。
 位置的に右腕が届かない蜘蛛は左を再び振るが、予想通りの動きに鼻を鳴らしながら彼女はそれを垂直飛びで越える。

「所詮蟲の浅知恵か。温い、来世で出直せ」

 蜘蛛の右腕のフォローは間に合わない。
 垂直に落とされたアルトリアのヘルムブレイカーは縦一文字に蜘蛛の目を断ち、それでも動いたサイクロプスの頭を踵で踏み抜く。
 最後に外殻の隙間に突き立てられた刃によって頭と胴を切り離され、三体目の土蜘蛛は事切れた。

「甘い」

 その隙をつこうと、彼女の背後に忍び寄った魔界製の悪魔人形が炎の扇を携え焔を吐き出す。しかしそれもアルトリアに簡単に避けられた。
 街ひとつぶんを射程としたことで、他の場所を彷徨っていた悪魔も結界に取り込まれている。
 この固有結界の最大の特徴は、この効果範囲の広さと対象選択性である。
 でなければ、万人を庇護しながら無数の悪魔を相手に人界を護れはしない。

「カムバックか?
 悪ぃがもうお前の出番はないぜ!!」

 その悪魔人形の胸から無骨な刃が生えた。

「一匹も逃がさねぇから覚悟しな」

「ダンテ、それは私の獲物だったのだが?」

「早い者勝ちさ。
 それよりもう一匹行ったぜ。そいつは任せた!」

 言いながら振り返り、ダンテが彼女越しに射撃したマリオネットに接近し上半身と下半身を分ける。
 その影から飛び出した氷の爪を、アルトリアは首を下げて躱した。

「なるほど、これは上物だ。貴様が悪魔どもの主か?」

『否、指揮官タル御方ハ魔帝タダオ一人。魔帝ハ、貴様ノ躯ヲ御所望ダ』

 酷くくぐもってはいるが、それは紛れもなく英語だった。
 数は少ないが、高い知性を持つ悪魔の中には人語を解す者も存在する。

「ほう、私の身体が目当てか。
 いいだろう。私に勝ったなら、好きにするがいい」

 アルトリアは喜悦に貌を歪ませ、剣を下段に構えた。
 一方のフロストも、氷の鎧を輝かせながら両腕の篭手にそれぞれ三本の氷柱を生やす。
 先程の個体よりも魔力が高く、一回り大きい身体を僅かに揺らすその姿は古の拳闘家を髣髴とさせた。

『   ッ!』

 拳闘家が、地面を蹴った。騎士も合わせて発つ。

「はっ!」

 自らの間合いに入るなり、相手に先んじてアルトリアが剣先を奔らせた。
 黒い閃光のような逆胴を咄嗟にフロストは左の篭手で受け止め、篭手の表面を砕かれながらも受け止める。
 お返しとばかりに彼は前足を起点に巻き込むような右フックを放つが、未だそこは剣の間合い。
 リーチを見切り、背を反らせて鋭い氷の切っ先を回避したアルトリアは、そのまま前蹴りを叩き込んだ。

『ッ!?』

 魔力放出まで利用する強力な蹴りで弾き飛ばされたフロストが、思わず体勢を整える為に要した一瞬の隙。
 自ら創り出したチャンスをアルトリアが見逃すはずは無く、反った背骨を跳ね返す勢いで上段から刃を逆袈裟に落とす。
 地面を震わせる強烈な一刀は深々とフロストの胸を斬り裂くが、決定打には至らない。
 それを理解している彼女は更なる追撃をかける為に剣を戻そうとするが、その動きの間にフロストの反撃が割り込んだ。

「ちっ」

 アルトリアに迫る三本の凶器。弾丸のように彼女に襲い掛かったそれらは、先の鋭く尖った氷柱だった。
 篭手に生やした氷柱を、フロストは魔力を圧縮、爆発させることで前方へと弾き出したのだ。
 刹那の判断で避けきれないことを悟ったアルトリアは、ダメージ覚悟で左手を使って払い除ける。
 その、黒い篭手を割る程の威力をもつ氷柱に彼女が意識を外した一瞬で、フロストの姿が掻き消えた。

「後ろか!」

 かつての彼女のお株を奪うかのような直感を発揮し、フロストの再構築地点を察知した彼女はそれよりも速くその場所目がけて剣を突き出した。

『グ、ゥ……』

 刺された訳でも無いのに、剣に腹を貫かれた形になったフロストが唖然として固まる。
 フロストは決して弱くない。
 上級悪魔に匹敵する魔力と、正攻法、搦め手を選ばないセンスと技量を持つ優秀な闘士ではあるが、

「惜しかったな」

 英雄には、及ばない。

『ギギィィィーーー!!!』

 フロストの絶叫が響き渡る。
 アルトリアが手首を返し、突き刺したままの剣を捻ったのだ。
 腸を剣の腹で捏ね回される激痛はいかばかりか。
 しかし再構成に失敗し、腹部の器官に軒並み致命的な傷を刻まれながらそれでも彼は動く。
 これ以上の被害を抑えるために再び身体の大半を氷の粒子へと分解し、上方に跳んだ。

『ガァッ!』

 ほんの2メートルほど上で肉体を再構成したフロストは、魔力を両腕に集めてまずは左腕を地面に叩き付ける。
 魔力は即座に冷気に変換され、地を奔り、無数の霜柱と成って大輪の華を咲かせた。
 鋭い氷の花弁をもつ華は、弾けるように立ち上がりアルトリアへと迫るが、入れ違うように跳んだ彼女には届かない。

「――――ッ、しまった!」

『ギッッ!!』

 「狙い通り」とでも言いたいのか、ひと吼えと同時に華の中心から後方に跳ねたフロストは着地と同時に今度は右腕で地面を叩く。
 こうなると、安易に跳んだのが辛い。
 先程の氷華と同等の魔力が秘められた右腕から放たれた冷気が地面を走り、階段状に体積を増やしながら宙に浮くアルトリアを襲った。

「舐めるな!」

 それを彼女は、真っ向から迎え撃つ。
 浮かぶ身体を躍動させて、背中で爆発する魔力とともに剣を撃ち落し先頭の氷塊を両断。
 さらに着地と同時に横一文字に薙ぎ払い、氷の脅威を斬り砕く。
 それらがただの囮であると彼女が気づいた時にはもう遅かった。
 眼前にいるはずのフロストの姿が無い。上、下、左右どこにも居ない。

『カッ!!』

 その時突然、正面斜め上方からフロストが降ってくる。
 彼は自らが発生させた氷の階段を駆け上がることでアルトリアの視界から消え、真正面から奇襲をかけたのだ。

「―――――ッ!!」

 フロストの、最後に残った魔力を再び右腕に集めた乾坤一擲のツメ突き刺し。
 刺さったその場所を中心として、無数の氷柱が発生し相手を破壊する。
 対してアルトリアは横に剣を振りぬいた姿勢から、剣を戻せていない。

「アァーーッッ!!」

 否だ。明確な生命の危機。それでこそ彼女の真骨頂が発揮される。
 即座に前足―――この場合は右足に体重を移すと、その真上に回転中心を設ける。
 右足のつま先をさながらコンパスの針先のように用いて、遠心力と重心移動で身体を反転。
 己の技術と剣士としての直感を頼りに、フロストに背を向けたまま肩越しに剣を振りぬいた。
 はたしてその剣は、

『グギッ!』

 届いた。何かと衝突した感触を刃に感じた瞬間、一気に剣を引き抜いた。
 西洋剣の常道から外れた用法だが、その鋭さと相まってエクスカリバーの刃は包丁のようにフロストの顔面を切り裂く。
 体勢が十分では無い為に衝撃を受け止めきれず、貌を裂かれてなお突き出されたフロストの爪が脇腹に突き刺さるが構いはしない。

「終わりだ!」

 実質相打ちの攻防を勝ちに繋ぐためにアルトリアは即座に動く。
 剣を力の入らない右手から左手に持ち替えると、逆手に持ち替えて振りかぶった。
 幸い、敵は目の前。
 痛みを堪えて視界を奪われ右往左往するフロストに一足で迫ると、剣を稲妻のように撃ち落とす。
 フロストはそのうなじから喉を貫かれ、地面に串刺しになった。

「ふぅ……」

 窮状を脱した安堵が、アルトリアに広がる。
 腹と、そして首に大穴を空けられたフロストは既に死に体である。
 魔力を失い崩れ始めた身体は保ってあと数秒だろう。

「悪くなかったぞ」

 ガリ、と歯ぎしりが聞こえそうな眼でフロストはアルトリアを睨みつけたまま、僅かに腕を動かしたところで彼の身体は消失する。
 敵わぬまでも、せめて一太刀。最後まで消えずに残った腕がそう語っている。
 英雄には及ばぬものの、魔帝の最高傑作の名に恥じぬ働きを見せつけたフロストの散り様だった

「さて、次か」

 強敵との殺し合いを終え、更なる高揚を求めてアルトリアは魔剣を構え直す。
 固有結界の内部には、未だ悪魔で溢れていた。だからダンスのパートナーには事欠かない。

「さあ、殺し合おう」

 悪魔と、踊ろう。
 自らを誘蛾灯に、背約の魔剣士が悪魔を誘う。
 全ての悪魔は此処に在る。

 悪魔と、踊ろう。
 青と紫の煌く無尽のホールで、三人の剣士が舞う。

 悪魔と、踊ろう。
 過去、現在、未来の英雄が集った。
 カーテンコールは、まだ、早い。




   / / / / /




「打ち止めか……」

 固有結界の中から、悪魔の姿が消えた。
 数時間に及ぶ戦闘によって悪魔たちは駆逐され、外は間もなく朝日が昇る頃だろう。
 この結界も、魔力の供給源を失った以上はあと僅かで消失する。
 あとは―――――

「後は、開いちまった魔界との孔を閉じればオシマイだな」

 未だ白熱する二丁拳銃をホルスターに戻し、ダンテは結界の主である父に視線を向けた。
 今回の件は、例えば門のように大掛かりなものではなく、ちょっと網が破れて目が大きくなった程度だと彼は考えている。
 元々、魔界と人界を隔てるモノはコンクリートの壁のように隙間の無いものではなく、ネットのように大雑把ものなのだ。
 もちろんそれでも充分に大事なのだが、網に馬鹿でかい出入り口が出来るのと比べれば何倍もマシである

 だがダンテの視線を受けたスパーダは、剣を右手に握ったままだった。彼の瞳も未だ戦意を失っていない。
 その視線は、真っ直ぐにアルトリアに向いている。

『――――ッ!』

 そして、動いた。
 スパーダは一足で離れていた間合いを詰め、アルトリアの右斜め上から魔剣の刃を落とす。
 神速の一刀は、しかし彼女が跳ね上げたエクスカリバーによって弾かれた。

「ああ、そうだスパーダ。再開しよう」

 忘れてはならない。アルトリアとスパーダは明確な敵対者なのである。
 共闘していたのは、対悪魔用の兵器として定義されるスパーダにとって最上位の殲滅対象が悪魔であっただけのこと。
 その悪魔の駆逐が終われば、次に討つべき存在は決まっている。
 己の力を気侭に用い、人類に仇成しかねない亡者の排除。即ちアルトリアの殺害である。
 このためにスパーダは、悪魔でもないアルトリアを固有結界に取り込んだのだ。

「はっ!」

 跳ね上げた剣を素早く引き戻し、小さな弧を描いて横に薙ぐ。
 彼我の間合いの差を、僅かに前に踏み出すことで埋めたアルトリアは、鋭い逆胴をスパーダの脇腹目掛けて振りぬいた。

『―――』

 しかし皮一枚。
 バックステップと同時に腹を引き、エクスカリバーの剣先を躱したスパーダが魔剣の柄から放した左拳を前に突き出した。
 放たれる炎弾が彼女の顔面に迫るが、そう何度も喰らってやるアルトリアではない。
 頭を必要な分だけ動かして髪を焦がしながらそれを避けた彼女は、逆撃をスパーダの鳩尾に叩き込む。
 剣術にも存在する打撃技。硬い具足の先での前蹴り。
 近代の剣術では廃れつつあるが、古代の剣術においては蹴りや投げなど当たり前の技術のひとつだ。

『―――ゥ……』

 一瞬、苦悶にスパーダの貌が歪んだように見えた。
 しかし次の瞬間にはアルトリアの頭頂部目掛けて魔剣が落ちてくる。
 スパーダの豪腕だからこそ成せる力任せの一閃。
 蹴りで後退させられながらも放たれたそれは彼女を殺傷するに十分だ。

「甘い!」

 ならば、その有効範囲から逃れればいい。
 先の戦闘で魔剣スパーダはその形を変化させ得ることは知っている。
 鎌のように変形することもあれば、数メートルの蜘蛛の胴体を貫通するほどに伸びる事もある。
 バックステップでは避けきれないだろうと、彼女の直感が告げていた。
 故に、前へ。
 相打ち覚悟、最も切れ味の鈍る刃の根元へと飛び込む。

「く……」

 アルトリアの左鎖骨の辺りを痛みが突き抜ける。
 落とされた刃は、飛び込んだ彼女の速度を負荷されてカウンター気味に彼女を打った。
 その衝撃は、頑強な黒い甲冑越しでも彼女の鎖骨を軋ませるほどだった。

『――――グ……』

 だがこの競り合いに優劣をつけるなら、アルトリアの勝ちだ。
 何故ならアルトリアの放った片手突きの切っ先はスパーダの外殻を貫き、左肩を貫通したのだから。
 彼の治癒力ならばいずれ傷は塞がるだろうが、ダメージは確実に蓄積する。
 不利を悟り炎弾を乱射しながら距離をとろうとするスパーダを、アルトリアが追おうとしたその時、

「待ちな。俺を無視するんじゃねぇよ」

 彼女の鼻先を、50口径の弾丸が掠めた。

「引っ込んでいろ、ダンテ。
 剣士同士の一騎打ちを邪魔するのは無粋だぞ」

「うるせぇよ。知るかそんなモン。
 俺はまだ親父と色々話があるんだ―――――」

 よ、と言おうとしたダンテの視界が黒い甲殻で遮られた。そばにいたスパーダが歩み寄り、彼の顔を鷲掴みにしたのだ。
 そのまま彼は、ダンテを後方に押し退ける。

「邪魔するな、と父上も言っているようだぞ、ダンテ。
 それとも、貴様も加わるか?
 私たちを止めたいなら、力づく以外に無いが?」

「~~~~ッッ!
 上等だよお嬢ちゃん、クソ親父!!」

 思わず尻餅をついた彼は「人が心配してんのに!」という声が聞こえてきそうな表情で跳ね起きた。
 アルトリアとスパーだの一騎打ちにダンテまでもが割り込んだ事で、三つ巴と成った剣劇はさらに加速する。

「オラァ!」

 構えていたアイボリーのトリガーを更に数度引き、牽制の銃弾をスパーダに向けると同時にダンテのリベリオンがアルトリアへと襲い掛かる。
 背の低い彼女の頭目掛けて真っ直ぐ落ちる兜割りを、横一文字に構えたアルトリアの剣が受け止める。
 そのフォローとしてダンテが繋いだ切り上げは、アルトリアに読まれた。
 全長2メートルはあるリベリオンと一般的な長さしかないエクスカリバーでは、明らかにエクスカリバーのほうが迅い。

「親子そろって、芸がな、い!?」

 その時、彼女の脇腹に炎弾が突き刺さった。
 炎の熱と衝撃によって体勢を崩された彼女を、容赦なくダンテの大剣が襲う。

「――――ッ、あっ!」

 何とか咄嗟にエクスカリバーを合わせたものの、周囲に響き渡る剣同士が鬩ぎ合う音と共に競り負けて吹き飛ばされた。
 情報へと跳ね上げられたアルトリアは放物線を描き、隆起した岩盤に背中を強かに打ちつける。

「かっ、ハッ……」

 マズイ、そう思った彼女は即座に姿勢を整えて、戦気をスパーダに叩きつける。
 素人ならばひと睨みで昏倒し、達人でも一瞬躊躇するほどの負気を孕むそれだが残念ながらスパーダには通じない。

『ア゙ア゙ァァァーーーーーッ!!』

 そのスパーダが、地面を蹴った。
 右腕に魔力と力を溜め込み、その手に握る己の分身とも言える剣の切っ先を目標に向ける。

「ガア゙ッ!!」

 構えから判断するに、攻撃は突き。
 即断したアルトリアは、まだ3メートル以上ある位置で剣を下段から胸の前へと持ってくる。
 直感でこの刃は伸びると判断したアルトリアは剣の腹で正中線を守る。
 流石に四肢を狙うことはないだろうが、頭か胸か腹かは勘が頼りだった。

「ッ、あっ……」

 強烈な衝撃がアルトリアの両腕を襲う。
 受けた剣から伝わる余りの重さに、アルトリアの顔が引き攣った。
 もしこの剣がエクスカリバーでなければ砕かれていただろう。
 魔剣スパーダは主の突きに呼応して刃の根元を変形させ、相手を突くのではなく貫く為にバネ仕掛けの暗器のように刃をポール状の柱で延長する。
 鎧を合わせても80kgには届かない少女と、外皮の硬質さを考えれば120kgはあると思われる悪魔。
 切っ先こそ受け止めたものの、その体重差を受けきれるはずも無く再び石壁に叩きつけられた彼女の口から血液が僅かに飛散する。

「ヘイ、ダディ!
 息子のオレの事を忘れるなんて悲しいぜ!!」

 更に追い討ちをかけようとする悪魔の全身に、横間から魔力の漲った弾丸が降り注ぐ。
 悪魔から角度で斜め45度、距離で7メートルの位置にもうひとり、両手に大口径のハンドガンを携えた悪魔が居た。
 アルトリアを上空に弾き飛ばした彼は、横目で見たスパーダの意識がアルトリア追撃に向いている事を見て取った瞬間デビルトリガーを引いたのだ。
 燃えるような赤を纏う悪魔姿のダンテは、漲る魔力を左右の相棒に惜しげもなく注ぎ、マズルフラッシュが間断なく輝く。
 スパーダの息子として彼の力を受け継いだダンテもまた、結果以内のオーブを吸収する事で己の魔力を向上させていた。

『ゥオオオオォォーー!!』

 ダンテの放つ魔弾が周囲に破壊を撒き散らす中心で、赤黒い悪魔が咆哮する。
 彼に息子であるダンテを傷付ける意思はなかったが、邪魔するならば容赦はしない。
 ダンテもひとりの戦士として独立した以上、己の矜持を貫く為ならば叩き伏せるのも辞さない覚悟だった。

『ハァッ』

 刹那の間にスパーダの左腕が白熱し、特大の炎弾が放たれる。
 質量、魔力量において上回るそれはダンテが放った銃弾を溶解しながら突き進みダンテに迫るが、それを貰うほど彼は愚鈍ではない。
 ヒラリと跳躍して角度を変えながら更に銃弾を浴びせかけるが、スパーダの動きは止まらない。

「チッ、なら、これでどうだ!」

 本来弱点となるべき稼動部、つまり外皮の隙間には赤橙の魔力が漲る。
 まるで魔術刻印のように、全身が闇に光り、ダン、という着地音と最跳躍の音が空中に響いた。
 ダンテは異能によって円陣を生じさせ、それを足場にさらに跳躍。
 実に7メートルの距離を飛び越えて、同時に背中の長剣を抜き放った。

「ハッハァァーーーッ!!」

 剣を振りかぶり、打ち落とす。魔力放出を伴った途方もない兜割りが、スパーダの頭上の空気を切り裂いた。
 兜はおろか、胴体を真っ二つに割るであろう渾身の一打に、流石のスパーダも体勢を崩す。

「上手く避けろよ、ダンテ!!」

 そこへ響き渡るアルトリアの声。
 彼女の両腕に握られた黒い魔剣は少女の魔力を充分に吸い上げ、刻まれた紅の刻印が燦然と輝く。
 ダンテとスパーダの攻防の間に体勢を整えた彼女は、遂に切り札を切った。

「ツッ! こんのバカヤロウ!!」

 それを見たダンテは能面のような銀の貌に確かな焦りを浮かべ、悪態を吐きながら飛び退く。
 アルトリアの剣には薄ら寒いほど濃密な負の力が終息した。
 放たれるは、究極の一。
 人々の暗い願いを束ねた忌むべき魔剣。


約束された勝利の剣

(エクスカリバー


 大上段から降りぬかれた魔剣から迸る黒い極光。
 数瞬で巨大な刃と成ったそれは、光の断層をもって全てを断つ最強の斬撃である。
 だが危機を感じ離脱したダンテとは対照的に、スパーダはそれを迎え撃たんと剣を構えた。
 彼を踏みとどまらせるのは、圧倒的な自負。
 己は負けぬという自信が、己と同じ名をもつ魔剣を手放す事を赦さない。

『ァァ……』

 ほんの僅かに揺れ始める彼の口元。
 一際強く彼の胸に仕込まれた石―――――『賢者の石』が唸りをあげ、魔界の瘴気を吐き出される。
 準備は整った。
 彼の口は自らの持つ、忌まわしき闇の力を解放する。

原罪の銘

(スパーダ)

 赤い魔力が、刃より溢れ出す。
 発生した赤い刃は薄く鋭く、しかし具現化するほどに濃密な概念の結晶だった。
 魔剣士スパーダの持つ究極の一。現在では、それは彼の心象世界を具現化したこの固有結界である。
 しかし以前は―――――彼が侵攻した人界で人々の営みに触れて開眼する前から、彼は魔界最強の剣士だったのである。

「……そうか、それが貴様の宝具か」

 紅い刃がエクスリバーの光と交錯した時、極光とそれが作り出した断層が、切り裂かれた。
 それを見てアルトリアは悟った。魔界においての彼の強さを支えたものこそ、魔剣スパーダ。
 『刃』の名を冠すこの剣の力は、まさに刃の本質。そして刃の本質とは、即ち切れる事である。
 魔力であろうと空間の断層であろうと、そこに“在る”ならば斬って捨てることこが可能。
 切断された黒い光は左右に割れ、スパーダに届く事無く地面を抉るに留まった。

「何をしている。さあ続けよう。」

 己の究極の一が破られたにも関わらず、なおもアルトリアは剣を構えた。
 まるでこれから面白いことが起こるかのような満ちたりた表情で、再び竜炉を回転させて黒い霧を纏い立つ。
 しかし一方のスパーダは、赤い光を放つ刃を伸ばし猛る魔剣スパーダを持ちながら構えようとはしなかった。

「おい、まさか―――――」

 アルトリアとスパーダがともに切り札を出し合い、遂に先頭は最終局面に至るかと思われた。
 しかしそうは成らない。限界が、来たのだ。

「空が、割れる……」

 ぽつりと、空を見上げてダンテが呟く。
 青と藍が流転する空の中央にまず大きな亀裂が走り、そこから枝葉を伸ばすように無数の皹が空を覆う。
 やがてその皹は地平を経由して地面へと伸び、内側へと弾け飛んだ。
 スパーダが外側へと捲り返した心象風景が、遂に『世界』の修正に押し負けた瞬間だった。



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【黒×DMC】Episode-12:Dear My Son

『なら今度は私の番だな。問おう、貴様も“悪魔”か?』

『――――鋭いな、YESだ。半分だけだがな』

『半分?』

『ハーフだ。悪魔と人間のな。驚いたかい』

「……戯け。嘘でももう少しマシな嘘をつけ。
 仮性悪魔も真性悪魔も、ヒトとの間に子を設けることなど根本的に不可能だ。
 こいつらならばあるいはとも思うが、子が成せるほど上位のものは二千年前を境に現れてはいない』


 こんな会話が2時間ほど前に、アルトリアとダンテの間で交された。
 実はこの会話には見落としが一点存在する。
 確かにアルトリアの言うとおり、子が成せるほど上位のものは二千年前を境に現れてはいない。
 しかし逆に言えば二千年より以前には現れていたのだ。
 そしてその悪魔が、人知れず二千年の永き時を生き続けていたとしら?

「親父……」

 そう、あの時ダンテは紛れもなく真実を語っていたのだ。
 路地裏に現れたマリオネットが、アルトリアではなくダンテを優先的に狙った理由。
 フロストが背中から奇襲をかけた直後に、下級悪魔どもが彼目掛けて現れた理由。
 それは彼が、反逆者スパーダの息子だからである。

 確かに彼は、あの“搭”で一度開いた魔界の門を閉ざした。
 しかしそんなことは今回悪魔達を派兵した、魔界の主には関係の無い事だ。
 スパーダの息子であること。魔界随一の剣士と謳われながら、己を裏切った大罪人の息子であることが全てだった。

 デビルハンター、ダンテ。
 彼はたったひとり魔界の進行を退けた気高き魔剣士の父と、二千年の孤独に在った彼に愛を教えた優しき人間の母をもつ奇跡の子供だったのである。







   To Cross Over “Devil May Cry”
        Episode-12
       Dear My Son






 息子のダンテが見つめているとは知らず、スパーダは自身に力無くもたれかかるアルトリアの肩を掴むと、右手に持つ剣を逆手に握り直した。
 それはダンテが見たことも無い、赤黒く巨大な三日月型の刃。
 彼の記憶に在る限り、父は彼のもつリベリオンか日本刀型の閻魔刀(ヤマト)を使っていた筈である。
 ではアレは、何か? それを考えている時間はダンテには無かった。

「止めろ!!」

 思わずダンテは叫び、一際強くガラスを叩く。
 あのアルトリアとかいう少女は確かに英霊だか亡霊だかよく解らない存在だが、悪魔では無かった。
 色々とトチ狂った部分はあるが、紛れも無く“ヒト”であるとダンテは思っている。
 その彼女を、自分の父が殺す所など見たくは無い。

「クソッ!!」

 このままではラチがあかないと、ダンテは背中の大剣に手をかける。
 渾身の一振りでガラスを袈裟に切り裂こうとして、


『これ、をやるのは、金色、以来、か……』


 聞こえるはずの無いアルトリアの声を聞いた。
 それは蚊の囁くような声で、目の前のスパーダにさえ聞こえていないだろう。
 ダンテの超人的な何かが感知させた、意識を混濁させた者のうわごとの様な言葉。だがそれは確かに彼女の抵抗の証だった。
 そしてダンテは気付く。
 スパーダからは死角になるアルトリアの右腕が、二の腕と肘を残して先が消失していることに。


 ―――――風 王 鉄 槌 ・零 距 離 打 撃(ストライク・エア・ポイントブランク)


 突如、アルトリアとスパーダの間で嵐が巻き起こる。
 光の屈折によって不可視と成った彼女の右腕がスパーダの脇腹に添えられた直後、彼女はその腕に纏わせた風をゼロ距離から撃ち放った。
 全くの無警戒の脇腹に城門を砕くような一撃を貰ったスパーダの足は地面から引き抜かれ、暴風にされるがまま床と平行に飛び反対側の壁に磔になる。
 かつて英雄王の両腕を奪い去った風の宝具が、その牙を剥いたのだ。

「私を、甘く見るな」

 射出の反動で自分も床から離れ、再び壁に打ち付けられたアルトリアはそのまま崩れ落ちた。
 そして膝立ちになりながらエクスカリバーを拾い、歪む視界でスパーダを睨みつける。
 逆転の一手を盤面に叩きつけた彼女だが、スパーダから受けた蹴りのダメージは決して軽くない。
 真っ赤に腫れ上がった頬と、頭蓋に奔る刺すような痛み。鳴り止まない頭痛。
 恐らく頬骨と頭蓋骨には皹が奔り、脳には損傷や出血もみられるだろう。

 一方、スパーダの傷もまた浅くはなかった。
 破城槌をまともに受けた脇腹は喰い千切られたように抉られ、暴風に曝された全身は至る所を風でザックリと切り裂れている。
 土壁に叩きつけられ、右の虫羽にも大きな亀裂が見られた。

「く、ぅ……」

『グ――――』

 両者共に、重症。このダメージを回復には相応の時間を要するだろう。
 尤も、この絶好の機会を、“彼ら”が見逃すなど、あり得ない。
 その予測に違わず、瞬く間に地下倉庫が魔界へと変貌した。

『グゥゥゥゥーーーム……』

『キャハハハハハハハハハハ……』

 この時を待っていたのだと、たった二人の舞踏会の会場に次々と無粋な乱入者が現れる。
 コンクリートの壁をぶち破る岩の身体。
 緑のひとつ目を持つ全長5メートルはありそうな巨大な地蜘蛛が顔を出し、中空には黒いボロ布を纏った死神もどきが出現する。
 死神もどきは仮面を媒介にして魔力で布を括るのみで身体を持たず、唯一在る骨の両腕に巨大な鎌や鋏を携えていた。
 また地面に眼を向ければ、モグラのように土を抉りながら1.5メートル以上あるトカゲの化物が飛び出した。
 彼らの顔面は鶏冠の付いた兜で覆われ、両腕は鋭い爪の付いた手甲で固めている。

 魔界に潜むひとつ目の大蜘蛛、サイクロプス。
 影から生きとし生けるものの首を刈る仮面の死神もどき、シン・シザーズ、シン・サイズ。
 魔帝の創造した対人間界用の鱗の闘士、ブレイド。

『逝ケ!!』

 そして最後に魔帝より指揮権を委譲された氷の狐、フロストが床に降り立ち、静かに告げた途端、悪魔どもが吼えた。
 相手は怨み連なるスパーダと、受肉した英霊。
 しかも処女とくれば、悪魔にとって涎が止まらぬほどの食料である。
 二人の身体を確保できるならば、多少のパーツの欠損は仕方がないとフロストが割り切った事で、悪魔たちは我先にと傷ついた二人に飛び掛る。

「させるかよ!!」

 余りの出来事に固まっていたダンテが再起動する。
 死んだ筈の父親が居る事も、アルトリアが何かとんでもない魔術を使ったことも今はどうでもいい。
 一騎討ちをし、軽くないダメージを受けた二人への襲撃。卑劣極まるその手口を黙って見過ごす彼ではないのだ。
 大剣リベリオンを振るい一息にガラスを切り裂いた彼は剣を二丁拳銃と交換すると、強烈な横蹴りでガラスを砕きそのまま中空に躍り出る。
 そして例の二段ジャンプで一気に二人の上空に達した。

「何!?」

「ハアァァーーー!!」

 更なる乱入者の存在に気付いたアルトリアが警戒を高める同時に、頭上から銃弾の雨が降った。
 五月雨の如く倉庫に降り注ぐそれらは的確に悪魔たちを捉える。
 弾丸は尽くが死神もどきの仮面に突き刺さり、媒介を砕かれた数体が退場した。

「ィィイ、ヤッハァーーー!!」

 さらに未だ空中に在るダンテは、背中の剣を抜いた。
 2メートルほどの高さから落とされた強烈な兜割りはアルトリアの目の前に現れたトカゲの闘士の兜を切り裂き、頭蓋を叩き割る。
 一方、それに構う事無く残心から立ち上がった彼は刃に付いた血と脳漿を振り払うと、悪魔で溢れかえる地下室を一望する。

「ようお嬢ちゃん。
 パーティ会場はここでいいのかい?」

「……気取るな、馬鹿め」

 ダンテの突然の登場に、アルトリアはふらつく頭を押えながらダンテの傍まで歩み寄るとそのまま睨みつける。
 だが言葉とは裏腹にその様子は危うい。
 未だダメージが抜けていないのは明白だ。

「一騎討ちの邪魔だ。退け、ダンテ」

「ハッ、強がってんじゃねぇよお嬢ちゃん」

 そんな彼女の頭に、ダンテの大きな手が被せられた。
 彼はそのままぐりぐりと乱暴に撫でる。

「悪いが譲ってくれ。
 こっちは家庭の事情ってヤツでね」

 告げるとダンテは、アルトリアも周囲を取り囲む悪魔たちもいないかのようにただ一点に意識を集中させた。
 その焦点は脇腹を抉られ、向かいの壁で荒い息を吐くスパーダ。

「よう親父。久々の再開だってのにずいぶんと斬新なファンションだな。
 あの世でイメチェンコンテストにでも出場したのか? 今のアンタならグランプリ間違いなしだ」

 Bang!、と銃声が響いた。
 無造作に突き出されたアイボリーから発射された銃弾は螺旋を描きながら空気を切り裂き、会話を邪魔しようとした死神もどきの仮面を砕く。

「邪魔すんなよ。
 こいうのを世間では、感動の再会って言うんだぜ?」

 ダンテは横目で不躾な鎌を持つ悪魔――――シン・シザーズが消失していくのを眺める。
 同時に、その周囲 動き出そうとした者たちにも銃弾を叩き込んだ。
 まさに神速と呼ぶに相応しい、瞬く間の惨劇に場の空気が一気に緊迫する。
 平静を装ってはいるが、ダンテがスパーダとの会話を邪魔されたことに激怒しているのが有り有りと伝わってきた。

「なぁ親父。何でアンタ此処に居るんだ?
 生きてんなら………
 何で、あの時母さんを助けに来なかった!!!」

 ダンテの激怒に呼応して火を噴く銃口。
 両腕に構えられたエボニーとアイボリーが狂ったように凶弾を吐き出し、スパーダの全身に殺到する。
 スパーダの妻であり彼の母だったエヴァは、スパーダに怨みを持つ悪魔によってダンテが子供の頃に殺されている。
 彼女は悪魔を狩る為に家を空けがちだったスパーダと違い、精一杯の愛を注いで彼を育てた。
 その母を殺した悪魔への怒りが、ダンテを悪魔狩りに駆り立てた。同時に彼女を護れなかった父と、自分の不甲斐なさも赦せなかった。

『―――――ッ……』

 ダンテの怒りが込められた弾丸を、スパーダは全て受け止める。
 程無くして先ほどの乱射でストックの少なくなっていた銃たちは、共に遊底を投げ出した
 相棒たちのカシィ、という気の抜けた啼き声を耳にしたダンテは一度舌を打ち、それらをホルスターに放り込んで変わりにリベリオンを抜き放つ。

「答えろ、クソ親父!!」

『―――――』

「Dam!!」

 スパーダの沈黙をどう取ったのか、ダンテの奥歯が鳴った。
 噛み締めた顎と、リベリオンを持つ右手から血が滴る。
 憎悪と苛立ちにギラつく瞳でダンテは己の父を見据えると、暴走する感情のままに剣を振りかぶって走り出す。

「ダンテ!!」

 それを止めたのは、唯一彼の気配に気負られる事無く見守っていたヒロインの声。
 全ての疑問を飲み込んで成り行きを見守っていたアルトリアの大喝だった。

「貴様の事情など、一切、知らん。
 疑問も疑念も山のようにあるが、その前にこれだけは言ってやる。
 その刃を振りぬけば後悔しか残らんぞ、ダンテ!」

 リベリオンの刃が、壁にもたれるスパーダの頭上数センチのところで静止する。
 彼は己の命を確実に絶つであろう刃さえ、躱そうとはしなかった。

「邪魔するなと言ったはずだ。
 これは俺たちの問題だ、口を挟むんじゃねぇ!!」

「前提が間違っていると言っているのだ、馬鹿者が。
 そこに居るスパーダは、もう死んでいるのだぞ!」

「何? ふざけてんじゃねぇぞ。
 親父は確かに目の前に居るじゃねぇか!!」

 振り返り、先程までスパーダに向けられていた憤怒がアルトリアに向けられた。
 ダンテの心臓を焼き焦がす煉獄が彼女に牙を剥く。

「戯け。解った、解りやすく言ってやる。
 そこに居るスパーダは私と同じサーヴァント、つまり亡霊の類だ。
 大方ユニテリウスが召喚魔術によって、死後の世界から現世に引き戻したのだろう」

「出来るのかよ、そんな事が」

「普通なら魔法でも使わない限り不可能だ。
 だが例外がある。“英雄”として輪廻の輪から離れた者ならば、『世界』がその存在を保存している。
 『世界』が危機に陥った時に、駒として使い捨てる為にな。
 そのシステムを悪用すれば可能だ。私が此処にいるように」

 アルトリアにそう言われ、ダンテはハッとしてスパーダの方に振り返った。
 驚愕に支配されていた上に悪魔としての存在感が大きすぎた為に解り難かったが、確かに彼からは普通の悪魔とは一線を画す気配を感じる。
 それはあの時、彼女に感じたのと同じ違和感。
 ここに在りながらここに居ない、時間を亡くした者の気配だった。

「親父……」

 ダンテの全身を巡っていた怒りが急速に収まっていく。
 その時、力が抜けて剣を下げたダンテの首にスパーダの両腕がまわされた。
 硬く熱く、そして太い父の腕だった。

『―――――――』

 言葉を発せない父からの、言葉を超えたメッセージ。
 痛いほど強く抱き締めるスパーダの腕から、父親としての感情がひしひしと伝わってくる。
 言語など無くとも気持ちは届く。
 実に十数年ぶりの、死に別れた親子の会話だった。

『   』

「   」

 父と子の空白を埋める、10秒ほどの抱擁が解かれる。
 全くの無言であったからこそ、ふたりは無限の感情を交換できた。
 ダンテは確かに、ただ冷酷なだけだと思っていた父の想いを受け取った。父が、その命を賭して護りたかったものが何であったかを聞いた。
 スパーダの、誇り高き魂を受け継いだ。
 この時、ダンテは真の意味でスパーダの後継となったのだ。

「……親父、悪かった」

『―――――』

 応える代わりに、スパーダはポンと息子の肩を叩いた。
 そのまま彼は床に置いた魔剣を拾い、倉庫の中央に進み出る。

『―――――』

「構わん、気にするな」

 アルトリアの正面に立ったスパーダは一礼した。
 彼がダンテと感情を交していた時、周囲で蠢く悪魔たちを威圧し続けてその場に縫いとめたのは彼女だ。
 普段は唯我独尊を地で行き他者に殆ど関心を示さない彼女だが、父と子に関しては特別な想いを持っている。

 彼女の生前の最後の感情は慟哭だった。

 護るべき国を攻め、愛すべき息子を、モードレッドをその手で貫いた記憶だった。
 アーサー王、アルトリア・ペンドラゴンの胸に未だしこりの様に残る後悔。
 彼女にらしくない行動させたのはそれが原因かもしれない。

『――――――、―――      』

 動いていたスパーダの足が止まった。
 倉庫のちょうど真ん中に立った彼はは静かに言葉を紡ぎ始める。

「何だ? これは……」

 どくん、とアルトリアの心臓が唸る。
 途中までは、言葉とは認識できなくとも音としてはアルトリアにも認識できていた。

『        、  、           』

 だがもう無理だった。
 不思議な感覚である。スパーダが言葉を発しているのは解るのに、脳がその音を捉えないのだ。
 代わりにアルトリアが感じたのは、その音の無い声に込められた圧倒的な魔力の存在。

「く、は……」

 胸が締め付けられ、喉が渇く。
 何かとてつもなくヤバいモノが来ようとしている。
 それは例えるなら、魔界そのもののような……

『                 、            』

 一方で、恐らく声は悪魔たちには届いていたのだろう。
 特に魔帝からの使命とともに知性を下賜されたフロストは何をする気なのか気付き、弾かれるように行動を開始する。
 彼にとって最も恐ろしいのは死ではなく、主命を果たせないこと。

 先程はアルトリアからのプレッシャーと、ダンテのスパーダの行動の意味が理解できずに様子を見ていた為に動かなかった。
 しかし今度は動かねば拙いと悟ったフロストは、スパーダを速やかに殺せと命令を下し自身も走った。
 彼を放置すれば、自分たちは殲滅されると理解したのだ。

『               、   』

 彼の口から流れているのは魔界の言語。
 最近創造されたフロストが口にする近代のモノとは違う。
 遥か古より用いられ、失われた原初の呪符。

「親父、それは……」

 エボニーとアイボリーの二重奏の中でも、アルトリアと違い悪魔の血を強く引くダンテには届いていた。
 彼に聞こえたのは、唄。
 朗々と響く、いつか聞いた地上のどの唄にも似ていない荘厳な旋律。己の内面へと埋没するための言霊。

「――――ッ、まさか!」

 迫る悪魔を切り捨てながら、アルトリアは戦慄した。聞こえずとも感じたのだ、スパーダが何をする気なのかを。
 これは詠唱。聞こえないのは、人間という種に刻まれた恐怖ゆえだろう。脳がこの言語の認識を拒んでいるに違いない。

 そうやって紡がれるものなど、恐らくひとつしかあるまい。
 現にこれほどの詠唱と魔力を重ねながら、周囲に一切の変化が起こっていない。

 其は魔法の一歩前、禁忌とされる大魔術。

 そして、悪魔の持つ異界常識

『               、 、     』

 即ち、固有結界。



『     汝、背約が故に(スパーダ)     』


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【黒×DMC】Episode-11:Open Hostilities

 両側の天井付近に設けられた蛍光灯の光のみを光源とする薄暗い地下倉庫。
 分厚いコンクリートの壁と天井。そして土がむき出しになった硬い床に囲まれた空間に、ひとりの悪魔が現れた。

 悪魔は赤黒い鎧の外皮をもち、その間隙から赫灼の魔力をその漏す悪魔の顔は面のように硬質。
 だがしかしその細く隙間のように切れ長の眼は、咽せ返るような赤い闘気を孕んでいた。
 額に第三の眼を持ち、その左右から雄羊のような、しかしそれよりも遥かに野太い双角が伸びる。
 荘厳ささえ漂わせるその角は途中で二回ほど折れてコの字を描き、その先は首筋の辺りで止まっていた。
 背中には半透明な蟲羽を持ち、全身は一切の無駄なく鍛え上げられた剣闘士のフォルムを持つ。

 もはや疑うまでもなく、此処には2000年前の英雄の姿があった。
 かつて魔界の侵攻を、たった一人で食い止めた伝説の悪魔の姿があった。


 魔剣士スパーダが、そこに顕在していた。






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        Episode-11
      Open Hostilities






「ふ、ふふ……」

 目の前で展開された衝撃的な光景。しかしアルトリアは微塵も驚かなかった。
 それどころか脊髄を這い上がるようにして、後から後から歓喜が背中を奔り抜ける。
 肩透かしを食らったメインディッシュが遂に目の前に置かれた心境だった。

「今度こそ、会えて光栄だ。スパーダ」

 興冷めし、ゴミ処理のために放った卑王鉄槌は彼の魔剣によって切り裂かれた。
 彼の身体同様に、先程まで鉛色に光っていた彼の愛剣も劇的に変化している。
 赤黒く変じた刀身は鞘を被せた様に膨らみ、倍近くに延長された刀身と柄の付け根辺りまである巨大な三日月形の片刃の剣と成った。
 その刃は寒気がするほどに鋭く、彼ど同じく赫灼の魔力を噴出する剣の魔性は群を抜いている。
 黒く艶めく、人の願い(ぜつぼう)を束ねたアルトリアのエクスカリバーすらも超えているかもしれない。

 この剣こそ、魔剣スパーダ。
 彼を最強の魔剣士へと押し上げた相棒であり、彼自身とも言える、同じ銘をもつ魔界の宝具である。
 ならば気の抜けた黒刃など、切り裂かれて当然だった。

『ハアァァァーー……』

 もはや彼の言葉を認識することは、アルトリアには不可能である。
 悪魔、スパーダは人語を発することなど出来はしない。
 彼は刃。刃に、声など必要ないのだ。

「ふっ!」

 一瞬だけ、睨み合う両者。直後にアルトリアが動き出す。
 様子見など無し。
 その威圧感、その存在感から、アルトリアは目の前の魔剣士の実力を過不足なく見抜いている。
 相手に主導権は、絶対に渡さない。渡せない。

「ヤッ!」

 一足で踏み込み、下段から跳ね上がった魔剣を彼の胴目掛けて一閃する。
 彼女の剣閃に、スパーダも応えた。
 アルトリアの剣術の粋を込めた芸術的なまでの太刀筋を、スパーダは人外の反射速度で察知し、剣を斜めにした変形の正眼から剣を落とすことで迎え撃つ。魔剣(エクスカリバー)と魔剣(スパーダ)は、互いの存在を認めぬとばかりに鬩ぎあい、火花を散らした。

『ヌゥ!』

 即座に攻守が入れ替わる。
 小回りの利く分、速度では明らかにアルトリアに分がある。両者の総合的なスペックもそう差があるわけではない。
 ならばアルトリアの剣によって自信の刃を止められた状態で、スパーダはどうするか。
 簡単だ、こうするのである。

「がっ……」

 硬質な外殻に覆われた右拳が、アルトリアの顔面にめり込んだ。
 神速の横薙ぎを受けたスパーダは、鍔迫り合うのではなく腕の力を抜いてそのまま後方に流す。
 それを柄の根元に添えた左手のみで行うという神業で成し、空いた右腕を突っ掛けてくるアルトリアにカウンターで合わせたのだ。
 眼を覆うように装備したバイザーが砕けるほどの右ストレートに、彼女の眼前に火花が飛んだ。

「~~~~!!」

 さらに星が飛ぶ視界の端に回転するスパーダの姿を捉えた彼女は、地面にヘッドスライディングするように伏せた。
 その真上を赤黒い刃が薙ぎ払う。
 交差法での打撃から、間髪入れぬ回転斬り。
 剣士と称されながら、後年は銃器もサブウエポンとして使用していたスパーダの攻撃は何も剣だけではない。
 必要とあれば打撃も使うし、頭突きや体当たりはもちろん魔力も併用する。
 その全てが流れるように繋がるのが、彼の剣技だった。

『ハァァーーー』

 だから、さらに技は繋がる。
 斜めに薙ぎ払った剣筋に脚で急制動を掛け、剣を左腕に任せると再び右手を放す。
 その手に魔力が凝集した。

「ちぃ」

 アルトリアが膝立ちからもう一度跳ぶよりも速く、スパーダの右手から紅の火炎弾が落とされた。
 拳を打ち下ろす様な動作から放たれたそれは、数メートルの距離を刹那で駆け抜ける。
 ほぼゼロ距離といえる位置から銃弾に匹敵する速度で放たれたものを躱す術など無く、彼女は背中に灼球の直撃を受けた。

「ぐぅっ……」

 比喩ではなくアルトリアの背中が炎上する。
 炎は彼女の鎧を白熱させ、奥にあるドレスと肌を焼いた。
 その痛みを噛み堪え、さらなるダメージを避けるために脚を前に出す。
 一歩、二歩、三歩めで体勢を立て直した。その足下には既に数発の着弾痕がある。

「この――――」

 膝を立て、立ち上がると同時に体内の魔力炉を励起させ、魔力を竜の因子へと流し込む。
 燃料を注がれた竜炉が荒れ狂い、魔力を噴出させた。

「吹き飛べ!!」

 そして振り向き様に剣を逆手に握り変えると、先程とは違う全力の黒刃をもって薙ぎ払う。
 黒い霧状の魔力によって形成された卑王鉄槌の刃はアルトリアの猛りに呼応して赤く発熱し、迫る灼熱の群れを駆逐した。
 さらに振りぬいたエクスカリバーを即座に順手に持ち直し、左下段から切り上げる。

「ハァッ!」

 卑王鉄槌の最大の利点は、形成した刃が数秒間は剣に留まること。最大で三度ほど、黒刃による斬撃を繰り返すことが出来る。
 一撃ごとに大量の魔力を消耗するが、威力はそれに見合うものだ。
 体重差など度返した、理不尽なまでの一刀。その直撃を受けたスパーダの身体が宙に舞う。

『オォォオォォォーーー!!』

 だが彼も然る者である。
 宙を舞う己の身体を背中に生えた異形の翼を開いて制動すると、着地を狙って走りこんでくるアルトリアを迎え撃った。
 スパーダの上空からの兜割りと、アルトリアの魔力放出で加速された片手突きが衝突する。
 凄まじいまでの金属音が天井の高い地下倉庫の壁に反響し、鼓膜を破裂させるような奇音を残して両者は弾かれるように距離をとった。

「強いな、スパーダ。
 こんな気分は久々だ。胸が踊る」

 薄く、アルトリアの唇が開く。愉悦と狂気が瞳で澱む。
 渦を巻く黒い魔霧の中心で、アルトリアは嗤った。
 そのあまりにも歪んだ彼女の情念を、スパーダは真正面から受け止めた。
 外殻の貌は表情を持たないが、その眼には真っ赤な煉獄が揺らめいている。
 彼の瞳には確かに、アルトリアに対する嫌悪があった。

『――――――』

 スパーダにとって、人とは護るべきものである。
 悪魔を裏切り、同胞をその手で斬り裂いた瞬間に彼のアイデンティティは確立された。そうして生きようと、彼は決意した。
 己の利益の為ならば平然と同族殺しをやってのける人間の凶暴性。己の心の安息の為に、肉親すら手にかける狂気。
 スパーダは、醜く醜悪な人間の性を十分に承知しながら、それでも彼は人間の素晴らしさを信じた。
 力だけが全てでは無い、もっと尊いモノの存在を、スパーダは人間の中に見出した。

『―――――ォォォオオオオ!!』

 だから彼は、目の前の黒い騎士の存在を看過できない。
 人に仇成すひと以外のモノ。

 吸血鬼を狩る異常
 魂喰らいの亡霊
 再臨し反転した逆しまの英雄

 たとえ悪魔ではなくとも、それが人間を無作為に傷付ける可能性のある存在ならば、彼は戦うのに躊躇わない。
 スパーダにとってアルトリアは、明確に敵である。

「ふん、やっとその気になったか」

 剣を右手で持ち、床を蹴り飛ばしながらスパーダは一気に距離を詰めた。
 対してアルトリアは、エクスカリバーの切っ先を地面に突き、柄の頭に両手を重ねる。
 そして黒い魔霧の、第三の名を告げた。

死女王抱擁(モルガン・ル・フェイ

 名を告げた直後、黒いエクスカリバーに刻まれた三連の円環模様が一際妖しく輝き、剣先で闇が胎動した。
 アルトリアを取り巻いていた霧が吸い込まれるように刀身の付け根辺りに吸収され、円環の文様を通過し闇へと変じる。
 ドロリと濁った光を赦さない闇はアルトリアの足下で一度蠢動し、スパーダに襲い掛かった。

『ハッ―――――』

 宝具の真名。これをそう呼んで適切であるかは大いに疑問が残る所である。
 そもそも彼女の霧は彼女の裡で生まれた黒い魔力がカタチを得た姿であり、彼女はそれを操作出来るに過ぎない。
 しかしそれも度を過ぎれば、やはりそれは武器であり兵器であり、宝具と呼べるほどに成るのだろう。
 ただのヒトが研鑽と勝利と称賛によって英雄に成り果てる様に、ただの魔力は悪性によって、宝具の域にまで昇ったのだ。

「覆え」

 闇から黒と赤が混在した平たいノコギリのような触手が複数伸びた。
 海草の様にも見えるそれらは正しく神速と呼ぶに相応しい速度で、踏み込んでくるスパーダに迫る。
 彼は咄嗟に急制動をかけで突進を捻じ曲げるが、そこを狙い済ました一閃が襲った。
 全体重と膨大な魔力放出に裏打ちされた、巨木さえ薙ぎ倒す逆胴。
 急制動の直後の硬直状態にあるスパーダにカウンターで合わせれば、躱せる道理は無い。

『ア゙ア゙ァーー!』

 もちろん、スパーダが人間や並の悪魔ならば、だが。
 彼は悪魔であり、その中でも最上位に位置する存在である。
 その背中に生えた透明な虫羽も、伊達ではない。
 逆胴が己の身体を捉える刹那、スパーダは背中の翼を羽ばたかせると、きりもみ回転をしながら魔性の腕とアルトリアの剣を擦り抜けた。
 回転エネルギーを与えられた彼の外殻とエクスカリバーの刃が鬩ぎ合い、激しい火花を散らす。
 カン高い音と閃光を残し、スパーダは辛うじて斜め上方へと逃れた。

「詰みだ、スパーダ」

 しかしそれすらも、アルトリアの予測の範疇だった。
 暴風の様な逆胴を降りぬいた姿勢から体重をさらに前にかけ、踏み出した右足を軸に身体を反転。
 左足が半円を描き、具足の底が地面を擦って身体を固定すると同時に彼女は黒く輝く魔剣を振りかぶる。

「我が旭光のサビと消えよ―――――」

 実は、他と違いモルガン・フ・フェイはそれ単体では成立しない技である。
 黒い腕によって相手を拘束し、溜めの必要なエクスカリバーを確実に当てる状況を作り出す事こそこの技の本質だった。
 故に例え腕が相手を捉え切れなくとも構わない。回避させる事で相手の行動ベクトルを限定し、本命が当たるならば何の問題も無い。
 “エクスカリバー・モルガン”。
 黒き騎士王の持つ、必殺のコンビネーションである。

『ガァッ!!』

 だがそれも、百戦錬磨のスパーダを殺すには少し足りなかった。
 空中でアルトリアよりも僅かに速く振り返った彼は、魔力の高まりから彼女が何かをしてくる事は感じていたのだろう。
 振り向く勢いを利用し、既に対策を打っていたのだ。

 今、彼の両腕に魔剣スパーダの姿は無い。彼の剣は持ち主の手を離れ、彼とアルトリアの間を滑空している。
 その様は、正しく円盤のように回転する死神の鎌。
 柄の根元から円筒が伸びて全体を延長し、三日月のような刃の付け根が直角に折れている。
 それぞれの攻撃に最適な形状への変形も、魔剣スパーダ持つ異能のひとつだ。

「――――――ッ!?」

 エクスカリバーを放つ直前、自らに迫る異常なモノとその危険度を直感したアルトリアは、それが回避不能であると即断して迎撃する。
 反転のエネルギーと既に魔剣に注ぎ終えていた魔力を使った巻き込むような袈裟斬りが、回転する魔剣スパーダと競り合う。
 いくら威力があろうとも、アルトリア渾身の一撃に支えのない飛剣が応えられる訳など無いのだが、それを覆すものこそこの魔技である。
 魔剣スパーダはエクスカリバーと交錯した後、一切回転を緩めることなくその場で滞空した。

「く、しまっ――――」

 ガリガリという耳障りな音と断続的な振動が彼女の全身を揺らす。
 回転ノコギリのように廻る刃は、アルトリアの袈裟斬りに耐えて彼女をその場に縫いとめた。
 僅かでも力を抜けば剣を持っていかれ、無理に押し切ろうとして弾き損なえば魔剣の切っ先に脇腹を抉られるだろう。
 進退窮まる状態に、アルトリアの頬を脂汗が伝う。

 このまま魔剣スパーダにそそがれた魔力が尽きればこの迫り合いは自分の勝ちで終わるが、それを待ってくれるスパーダではない。
 はたしてスパーダは中空から虫羽を翻して、アルトリア目掛けて突貫する。
 そして魔剣スパーダを押さえ込む事で無防備となった彼女に、渾身の飛び蹴りを叩き込んだ。

「ガッ!」

 咄嗟に首を捻り人中への直撃だけは避けたものの、スパーダの足刀は頬に深くめり込み、そのまま彼女の身体を斜めにぶっ潰した。
 そのことで角度の変わった刀身を擦るように魔剣スパーダは斜め上方へと飛翔し、同時に彼女の身体は地面に激突し野球のボールのように床をバウンドする。
 途中、床に転がっていた死体と接触して彼女の身体は再び撥ね上がり、そのまま壁ど激突した。

「  ぐ、ぇ……」

 人身事故でもここまで酷くないというような、強烈過ぎるダウンシーンを演じたアルトリアの意識が明滅する。
 受肉した身体が脳震盪と過負荷を訴え、彼女から戦闘力を奪った。

『――――――ォォォォォオオオオオオ!!!』

 まだスパーダは止まらない。
 着地後、アルトリアの進行方向を確認するや即座に走り出し、彼女が壁に衝突すると同時に身体を反転。
 跳ね返ってくる彼女の顔面にバックスピンキックを見舞うと、そのまま押し込み足の裏と壁で頭を挟み込む。
 逃げ場を無くした衝撃が彼女の頭骨を軋ませ、髄液に浮かぶ彼女の脳を頭蓋骨の内壁に叩きつけた。

「   」

 連打をくらったボクサーの様に、アルトリアの両腕がだらりと下がり、膝から力が抜けた。
 虚ろに開かれた瞼の向こうで、眼球が無軌道に揺れる。
 弛緩した彼女の指から遂にエクスカリバーが滑り落ち、床を叩いた。

『―――――』

 その様を戦闘不能と判断したスパーダが足をアルトリアの顔面から放すと、彼女の身体はそのまま倒れ込んで彼の身体にもたれかかった。
 彼はそんな彼女の金糸の髪を左手で掴み上げ、魔力によって手繰り寄せた魔剣スパーダを逆手に持つと、躊躇いなくその刃を彼女のうなじに当てる。
 一秒の後、アルトリアは何の抵抗も出来ぬままに首を裂かれるだろう。
 しかしスパーダは気付いていない。
 彼からは死角になる彼女の右腕が消えている事に。
 そしてその様子を、上方から見つめている者の存在に。


 役者の揃っていない舞台の幕は、まだ閉じない。



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【黒×DMC】Interlude-01:The Artificial White

   Interlude…


『先ニ行ク。魔帝ハコノ者ノ躯ヲ欲シテオラレル』

『解ッテイル。先ニ行ケ。次ハアノ女ダ』

 遡ること1時間半前、このような会話が二体のフロストの間で交わされた。
 それは人間には認識することのできないテレパシーのような言葉でのことだったが、その内容は簡単だ。
 悪魔たちの王は、ダンテとアルトリア二人の肉体を欲している。今回の彼らの役割のうちひとつはそれだった。
 その彼らは為に通常のフロストよりも高い魔力と知性、そして下位の悪魔を従える権利を与えられた存在だったのだ。

 魔帝と称されるその者は新たな悪魔の創造法を心得ていた。
 彼らフロストも、いまや魔界随一の剣士となった『黒い天使』も、彼の作品である。
 そして魔帝は、その『黒い天使』を超える悪魔の材料として彼らの身体を欲したのだった。

『サテ』

 首尾よくダンテの心臓を貫いたフロストは、仲間が廃墟の路地に消えるのを見送ると、改めて彼に視線を向けた。
 右腕の先にあるソレは背中側から極太の氷柱に心臓をひと突きにされている。
 未だ凶器が抜かれていない為に出血量は少ないが、だらりと弛緩した四肢と首からは一切の生命を感じられなかった。

 いや彼は感じなかった、と言うべきか。細心の注意を払えば気付けたはずなのだ。
 彼が、ダンテが死んでなど居ないという事に。







   To Cross Over “Devil May Cry”
        Interlude-02
    Depress the Devil Trigger








「ク、クク……」

 頭を垂れ、だらしなく開くままになっていたダンテの口が三日月を描いた。
 同時に陽炎のように揺らめく赤い魔力が彼を取り囲むように発生する。
 その予想外に、フロストは反射的に彼の身体を貫く氷柱を引き抜こうとした。

「逃がすかよ!」

 だが出来なかった。
 ダンテを貫通している氷の杭は、ダンテの左手に食い込むほどの力で掴まれビクともしない。その直後にフロストの顔面を衝撃が貫く。
 振り向き様にダンテが、振り上げた肘でフロストの顔を強かに打ったのだ。
 紅い雷の後押しを受けた肘打ちの威力は凄まじく、上位悪魔に匹敵する神秘を有するフロストをも怯ませるほどだった。
 さらに反転したダンテは右手にもっていたリベリオンに左手を添え、メジャーリーガーも真っ青のフルスイングでフロストを薙ぎ払う。

「ィヤァーーッ!!」

 さらに吹き飛んだフロストが建物と激突しその室内に飛び込んだとみるや、魔力のアフターバーナーを残しダンテも跳んだ。
 身体能力が向上した彼の、本気の跳躍。
 その放物線が僅かに下降し始めたところで、彼はアルトリア例の紅い魔方陣を足場にさらに跳ぶ。
 10メートル以上の距離をひと跳びで越えた彼は、まだ衝撃から立ち直りきれていないフロストと同じ場所に立つ。
 そして吹っ飛ばした際に折れ、いまだ左胸に残っていた氷柱を引き抜くとそのままフロストの胸に突き立てた。

『~~~~!!』

「折角の一張羅が台無しだ。
 コレの代えは少ないんだぜ、どうしてくれる?」

 ガツン、と悶絶するフロストを無視して彼の胸の氷柱を足の裏で抉り込む。
 その瞳は悪魔への憎悪から悪魔のように、否、悪 魔 と 同 じ よ う に 禍々しく輝いていた。

 ダンテにとっても、心臓を貫かれるというのは生命の危機には違いない。
 だがそれだけなのだ。彼にとって心臓を貫かれる事と殺される事はイコールではない。それどころか慣れっこですらある。
 下級悪魔の鎌に、無数の銃弾に、そして実の兄の振るう日本刀に。

 何度も何度も貫かれ、激痛に悶えながらも、しかし彼は生きている。
 人間と最上級の悪魔との混血である彼は、多少の肉体的損傷では死にはしない。
 ダンテを殺したいのなら、煉獄の炎でも持って来るがいい。尤も、それでも死なないかもしれないが。

「弁償代は高くつきそうだなぁ、オイ!」

 もう一発、とダンテが足を上げたとき、跳ねるようにフロストが動いた。
 室内のような限定空間では不利だと判断した彼は自慢の氷柱爪でダンテの顔面を狙い、同時にその横をすり抜ける。
 自身が空けさせられた穴から外へ脱出しようとさらに跳ぼうとして、不意に背中に圧倒的なまでの魔力の本流を感じた。

『ギ―――!?』

 同時に背中を撃たれた。
 赤い魔力を纏う弾丸が次々と背中に着弾し、体勢を崩される。
 50口径といえば人間には脅威に違いないが、彼らにとってはそう大したものではない。
 だがこれは違う。
 迸るほどの魔力を注がれたアイボリーから放たれた弾丸は通常とは段違いの速度と破壊力をもって、フロストに襲い掛かった。

「ハッ。どこ行くんだ、オイ?」

 紅雷が剣を持つダンテの右腕に凝集する。
 左手で銃を構える真半身の体勢だった彼は右足を踏み出すことで重心を前へと送り出し、踏み込むことで重心移動を強引に止めた。
 行き場を失った運動エネルギーが唯一動き続けていた右腕に集中し、集まっている魔力とともに剣へと流れる。
 加速されたリベリオンは、平行発射された砲弾のようにダンテの腕から放たれ、フロストの背中に突き刺さる。
 分厚い鉄の刃に貫通され、反り返るようにして天を仰いだフロストは、呻き声とともに路面に堕ちた。

『グ…ゥ……』

 それでも、フロストはまだ活動を停止してはいない。
 マリオネットとは比べ物にならない魔力を誇る彼は、デビルハンターである半魔半人のダンテとでも十分に戦える存在である。
 なのにこんなに一方的に叩きのめされているのは、不意の一撃を受けたというだけでは無い。

「言っただろ?」

 ダンテもまた、完全な悪魔と成ったのだ。
 フロストが自分の真横をすり抜けようとした瞬間、己の中に在るトリガーを引いた。
 膨大な魔力の奔流と共に、彼の存在が人間から悪魔へとシフトする。
 そして数倍に高まった身体能力の超反応によって窓から飛び出そうとするフロストの背中に銃弾を見舞ったのである。

「逃がさねぇよ」

 窓からフロストを見下ろすダンテの身体は、劇的に変化していた。
 彼自慢のコートを取り込み変化した身体は赤と黒の鱗に覆われ、鹿革のブーツは爪先が猛獣のように変化している。
 背中には肩甲骨のあたりから大昔の翼竜のような翼が生え、自慢の銀髪はまるで銀の兜のように変わった。
 そしてその兜に覆われた彼の顔もまた黒くキメ細かな鱗で覆われ、皮肉げにつり上がった口元からは乱杭歯が除いている。

「ハッ、ハアァァァ――――――――!!!」


 建物からフロストの落下店を確認したダンテは迷う事無くその身体を宙に踊らせ、魔力によって加速し流星の如く滑空する。
 完璧な飛び蹴り姿勢。狙うは、フロストの頭部。
 流星は寸分違わず降り、斜め一直線に滑空したダンテの右踵はフロストの後頭部を直撃し、その顔面を石畳に叩きつける。
 余りの威力に悪魔の身体は後方に半回転し、逆立ちになった彼のガラ空きの背中に更なる激痛が奔った。
 フロストの頭を踏み抜き、制動の為に軽快に前方宙返りをキメたダンテが、振り向きざまに背中に突き刺さっている剣の柄頭を殴りつけたのだ。

『ゲェッ!!』

 空気を切り裂く右ストレートによって、左右に大きく開いたリベリオンの鍔がフロストの胴体を貫通する。
 いくら上級悪魔に匹敵するとはいえ、身体のど真ん中に大穴を空けられては堪らない。
 衝撃でうつ伏せに倒れたフロストは猛痛にのたうちながら、何とかこの窮状を乗り切る方法を探った。
 そして、己が魔帝より授けられた回復術式に思い至る。けれど、

「足掻くなよ」

 出来なかった。
 悪魔へと変性したダンテの右足が背中を踏みつけたのだ。
 彼の足先から生えた猛獣の爪がズタボロになった背中を更に抉り、寸断された脊柱をさらに踏み砕く。
 ベキベキと鳴る背中の痛みで、フロストは全ての術を忘れた。

「プレゼントだ。受け取りな」

『ウ、ゥゥ……』

 向けられた二つの銃口の向こうで、ダンテの両の瞳が赤々と輝いた。
 その余りにおぞましい容貌に、フロストの魂が縮み上がる。
 知らないなのに、識っている。
 悪魔達の遺伝子に刻み込まれた、憎悪と恐怖の記憶。
 魔剣士スパーダによって叩きつけられた恐怖の記憶が、彼の思考にフラッシュバックした。


「Good Night, Bed Dream…」


 マズルフラッシュが、フロストに降り注ぐ。
 背中を踏みつけにされて身動きが出来ない彼の腕に、脚に、背中に、そして頭に、無数の弾丸が食い込んだ。
 魔力で増強された2カートリッジ分の銃弾をフルに受け、フロストは成す術なくその命を終える。
 崩壊していくフロストの残骸の上で、ダンテは悠然と顔を上げた。

 フロストは禁忌に触れたのだ。
 心臓を貫かれたことで生命の危機を感じた彼は、やっと本気になった。
 己の、忌むべき悪魔の力を解放するトリガーを引いたのだ。

「ハハッ、わんさかお出ましかよ!」

 悪魔と化した彼の放つ魔力に惹かれたのだろう。
 一斉に開いた周囲の空間から、次々と下級悪魔が吐き出される。
 遂にこの地と魔界が繋がった。
 そして悪魔達は見つけた、殺すべき敵を。一度は開いた魔界の門を、再び閉ざした大罪人を。
 殺せ。殺せ。殺せ。
 怨嗟の渦巻く中心で、しかしダンテは臆する事無く剣を高く掲げた。

「さぁて、ショウタイムだ。派手にいくぜ!!」

 悪魔が、悪魔と踊る。
 デビルハンター、ダンテ。人であり、悪魔である今世の英雄。
 その真骨頂は、ここからである。


   Interlude Out


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【黒×DMC】Episode-10:Analeptic Doll

   Interlude…

「ふん。また奇妙なモノを欲したな、ユニテリウス」

 机の上に開かれたノートパソコンで入金を確認すると、女はつまらなそうにそれを閉めた。
 日本の某県にあるこの施設は、男が金にモノを言わせて借り上げたとある大学の研究施設である。
 彼、ユニテリウス・ウロボロスは、その上で日本に住む世界最高の人形師である彼女に作品の製作を依頼した。

 曰く、どんな強大な神秘が憑依しても壊れない人形が欲しい

 それは疑うまでもなく、召喚の苗床である。
 召喚魔術師として封印指定を受けたユニテリウスらしい依頼だった。

「ふふ、そうかね? これで私の悲願が叶うと思えば、容姿にも拘りたいものだろう。
 いやしかし、それにしてもよく出来ているな。
 実は他の人形師にも同様の依頼を出したのだがね、やはり君のは群を抜いている」

「ハ、褒めても何もでないぞ。
 一応容姿は全て希望通りに仕上げたが、中身は完全に独創だ。
 不具合が起こっても私は知らん」

 そう言って彼女は煙草に火をつける。
 実験器具とサンプルの点在する実験室内で紫煙をくゆらせるなど絶対にあってはならないことなのだが、彼女にとっては関係ない。しょせん他人の実験室である。
 彼女の実験室というか工房は、あの傍迷惑な妹に全開させられもはや復旧不可能な有様だった。
 まぁ半分は彼女の人形が壊したのだが。

「いいさ。正直、中身は丈夫であればそれでいいのだ。外見も趣味の問題だよ。
 それに君も魔術師だ、己の手の内を明かすような設計では仕事を受けてはくれなかっただろう?」

 ユニテリウスの問いを、彼女は煙草の煙を長く吐くことで肯定する。
 当然だ。解体すれば白日の下に曝されるような最新の技術は、己だけのものである。
 彼女が今回の作品につぎ込んだのは、既に自身や他者が論文として発表した技術ばかり。
 それを彼女は独自の発想と理論、そして手先の器用な日本人らしい精巧な技術で詰め込んだ。
 一度でも分解すれば、おそらく彼女以外に再生は不可能だろう。

「チ、どうやって私の隠れ家を探し出したのかも教えぬくせに、随分な言い草だな」

「ふふ、別に私自身が優秀でなくとも良いのだよ。聡明な息子と優秀な部下さえ居ればね」

 苛立ち紛れに煙草を押し消した女は、クツクツと嗤う男を一瞥して立ち上がった。
 彼女もこの男が直接出向くと言わなければ、客とこんな会話を交わしたりはしない。注意事項すら飛ばして、金を受け取ったらサヨウナラである。
 それが出来ないのは、やはり警戒心ゆえだ。
 吸血鬼である事もそうだが、コイツは人形師である自分同様に何を連れているか解ったものではない。
 引渡しがつつがなく終わったなら、さっさと引き上げるが吉である。

「待ちたまえ。君は私が望む以上の仕事をしてくれた。
 そこで追加で報酬を払おうと思うのだが、いくら欲しい?」

「―――――なら、貴様が胸に埋めろといったあの石の正体を教えろ」

「ハハハ、悪いがそれは出来ない。最高機密というやつでな。
 そうだな、100万ドルでどうかね?
 ミス・ブルーに工房を壊されたらしいじゃないか。その代わりが要るだろう?」

「……チッ、どこまでもナメた男だ」

 元々、答えが返ってくると思って投げた問いではなかったが、ここまで徹底的にはぐらかされると清々しい。
 とはいえ背に腹は代えられない。
 100ドルなら、先日とある町で見つけた優良物権の購入費として十分だ。

「どうかね、せっかく日本に来たんだ。
 どこか美味しいスシレストランを紹介して欲しいのだが?」

 ニヒルな笑みで食事に誘うユニテリウスに舌打ちで応えると、彼女は研究所を後にした。
 残されたのは彼と、彼の部下。
 そして人形師として封印指定を受けた彼女の作品のみだった。

「ふむ、これでいよいよ始められるな」

 ヒト一人が容易く静められる水槽に張られた保存液の中で、その人形は浮かんでいる。
 銀色の髪と、一分の無駄もなく引き締められた筋肉群。
 閉じられた瞼の奥にあるのは、紅の瞳。
 魔剣士を宿すに相応しい、剣闘士の身体がそこにあった。

   Interlude Out





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        Episode-10
       Analeptic Doll






「……会えて光栄だ、魔剣士スパーダ」

 眼前に紫のコートに身を包んだ戦士が立っている。
 モノクル越しでも解るほどの眼光でアルトリアに殺気を叩きつけ、両腕の銃口は焔を吹く瞬間を待ちわびる。
 魔剣士と騎士王の、あまりに歪な邂逅だった。

「ハッ、ハッ、ハ、ハ、ハ……」

 だがそんな事、当のアルトリアにはどうでもいい事だった。
 重要なのはスパーダが、伝説の魔剣士が目の前に居る。その一点。
 父に、兄に、彼の物語をもう一度話してくれと何度もせがんだ。自分でも、一言一句間違わずに言えるほどに憶えこんだ。
 力無き人々のために、蹂躙される弱者のために、あえてその名を穢した正義の剣士。
 幾多の苦戦の末に、圧倒的な勢力で迫り来る魔帝を退けた最強の悪魔。
 それが目の前にいる。
 それを自分の手で――――

「―――――壊せる」

 伝説を、この手で砕く。
 斬り刻み、蹂躙し、徹底的に御名を貶める。
 心を躍らせ、騎士としての自らもこのように在ろうと願ったかつての誓いを踏み潰す。
 輝かしい戦績に汚濁を塗りつける。世界を救ったその誇りを己の足で踏みつける。

 それは、何という甘美な行為だろう

 愉悦と背徳に背筋が震えた。高揚が脳を揺さ振る。
 破壊衝動が目覚めた。何も生み出せないのならば、いっそ何も無くていい。
 全てを壊し、荒野に玉座と己の髑髏を転がそう。

「伝説を、赤で染めてやる」

 押え切れぬ衝動のままに、アルトリアの両脚は地面を蹴った。
 一足で砕け散ったフェティッシュだったモノを踏み越え、さらに跳ぶ。

「―――――!」

 召喚の不具合で言葉を失ったのか、それとも元より言葉を知らぬのか。
 僅かに口内で愕きを発したスパーダは、しかしその銃口を寸分違わずアルトリアの急所にポイントする。

「温い」

 断続的に退かれる銃爪。射出される鉛の弾丸は彼の魔力、黒に近い真紅の炎を纏いさらに加速する。
 しかしそれをアルトリアは、十二分に加速度を乗せた剣の“腹”で迎え撃つ。
 跳躍し、弾丸を刃ではなくエクスカリバーの腹を下にして斜めに降りぬいた剣によって叩き落す。
 同時に生まれた暴風のような風が、残る銃弾の起動を微妙に狂わせた。
 頬を、脇腹を、下腿を掠めた弾には目もくれず、彼女は振りぬいた剣の勢いそのままに横回転して増大させたエネルギーを、スパーダに叩き付ける。

「グゥ――――」

 しかし、そこは相手も伝説の魔剣士である。
 彼は避けきれないとみるや、目も眩むような超反応でアルトリアの剛剣に二丁拳銃の遊底に当てると、片方を犠牲にして滑らせるように力の方向を逸らす。
 そのことでもう片方の銃から相手を照準するための照星が斬り飛ばされたが、もとよりそれに頼らず相手を撃つ彼には関係のない事だ。
 彼はすかさずアルトリアの右膝と左足の甲を打ち、文字通り足止めしたアルトリアの眉間へのゼロ距離射撃を試みるが、失敗に終わる。
 銃弾は間一髪でダッキングの間に合った彼女の髪を焼き、後方へと抜けた。
 同時に右手を跳ね上げ、銃を横へと弾く。

「グ―――――」

 魔力放出を伴う平手によって彼の左手首に鋭い痛みが奔る。
 銃を思いきり叩かれたことで、彼の意思とは関係なく反射的に開いた掌から50口径が壁まで吹き飛んだ。

「ちっ」

 だが思わずアルトリアは舌を打った。
 狙ったのは銃ではなく手首。
 脱臼を通り越して粉砕骨折させることを狙って、下方から腕を降りぬいたのだ。
 両脚に奔る衝撃と痛みに一瞬動きを止められ、さらに決定的状況にまで追い込まれた。
 それに対する返礼としてはあまりに安い。

 憎悪を滾らせた瞳でアルトリアが振り返った時、そこには本来の武器を手元に戻した魔剣士の姿があった。
 魔剣士スパーダの右手に、再び愛剣が戻ったのである。

「―――、―――――」

 地下室の空気を切り裂くように、スパーダは鈍い銀色の剣先をアルトリアに向け開戦を告げる。
 彼はそのまま剣を持つ右肘を曲げると、右に少し倒した剣の柄頭に左手を添える。
 変形の正眼に構えるスパーダに応えるように、アルトリアもまたエクスカリバーを下段に構えた。

「ア゙ア゙ッ!!」

 即座に動いたのはアルトリアの方だった。
 互いに対峙し神経を研ぎ澄まし、敵の動きに合わせてこちらの一刀を叩き込む後の先は決して間違った考え方ではない。
 むしろ出方の解らない未知の敵を相手取る場合は推奨される策である。

 しかしながら彼女はそうしなかった。否、出来なかった。
 彼女の中では、いまだマグマのようにドロつく灼熱の狂気が唸っているのだ。
 静かに対峙しようものなら、いずれ痺れを切らし叩き伏せられるのは自分であると彼女は承知していた。
 故に狙うは対峙した直後。相手がひと息目を吸うその瞬間。
 コンマ数秒在るか無いかの、呼吸による硬直に刃を滑り込ませる。

「――――!」

 技名は切り上げ、狙いは肝臓。
 もう一丁の銃から放たれる弾丸を最小限の動きで躱し、彼の懐に飛び込む。
 渾身の力で振るのではなく、弛緩させた筋肉から一挙動の踏み込みで滑り込ませるように放たれたそれは刃に最速を与える。
 だが、

「なっ!?」

 防がれた、それも完璧な形で。
 スパーダは西洋にて名を馳せた英雄である。それなのにまるで知っているかのように、その軌道を完璧に読み切った。
 剣術への深い理解がそれを可能にしたのだ。
 彼の剣は右手に導かれ、変形正眼の位置から切っ先を下に向けてアルトリアの剣の軌道上に移動する。
 吸い込まれるようにアルトリアの剣と刃を合わせると、シャオン、と流れるような音を残してそれをいなした。

「――――ッ」

 だが、その剣筋が流麗なのはそこまでだ。
 エクスカリバーから開放された彼の剣筋一変し、凄まじい力を孕んでアルトリアに襲い掛かる。
 即座に握られた左手と、全身の力を用いた猛然とした踏み込みによる薙ぎ払いが彼女の側頭部へと迫った。

「舐めるな!」

 だがアルトリアはその場にしゃがみ込むと同時に回転。
 勢いを殺す事無く返された剣の軌跡が飛燕の様に翻り、咄嗟にバックステップしようとするスパーダの前足を踏みつけて固定した。
 後退を止められスパーダが体勢を崩した瞬間に、彼の脇腹に黒い刃が食い込む。

「――――ヌグ……」

 アルトリア一打によってスパーダの身体は軽々と吹っ飛び、言葉を失った口からはくぐもった呻き声が漏れた。
 さらに彼女は踏み固められた土の床を掘り返す勢いで蹴り飛ばし、必死に体勢を立て直す彼を追撃する。
 相手はあの魔剣士である。弄ぶ気など無い。嬲る余裕などない。
 この追撃など、カウンターを喰らう危険性すらあるハズなのだ。

 だが彼女の意に反して、スパーダはその場から袈裟に落とされた剣をすり抜けるように横に転がるのみだった。
 その事でアルトリアの脳裏には、一歩退いた位置からの返撃が浮かぶが、それも無い。
 追撃を避けた彼は、ただ立ち上がり剣を構えるのみだった。

「何?」

 その事実に、アルトリアは困惑する。
 立ち上がった彼の脇腹は、当たった瞬間に彼女が剣を引き抜いた事でザックリと裂けている。
 深く切れるのを避けるために咄嗟に跳んだようだが、それにしても傷が深い。

 だがそれはおかしいのだ。
 スパーダから感じる威圧感は、一流以上の剣士のみが纏えるそれだ。
 英霊としての格も、第四次で出会ったライダーやバーサーカーに何ら劣ることは無い。
 なのにこの男は、不十分な体勢から放たざるを得なかった自分の一撃で重症を負った。
 さらに畳み掛けても、その隙を突くようなこともしなかった。

「貴様――――」

 その後、数合。
 アルトリアはスパーダと切り結び、確信した。

 舐めるのもいい加減にしろと言うのだ。
 この程度の力量で、人間を絶滅に追い込みかけた魔帝とその軍勢を押し返すことなど出来る筈が無い。
 こいつは、明らかに万全ではないのだ。

「それでも英雄か!」

 吼えた。高揚した気分が一気に冷めた。
 戦士とは常住坐臥を戦いと定めるものである。
 そして戦闘での敗北はそのまま死を意味すると覚悟し、一切の甘えを捨てて闘争に全力を尽くすものである。

 なのにこの男は、こんな無様な状態で戦さ場に立った。
 わざわざ負けに出てきた。
 戦力は常に万全であることが理想だが、そんな奴はいやしない。
 だからもし万全に程遠い状況ならば、尻尾を巻いて逃げ出してでも戦いを避ければいいのだ。
 それともこの程度で、彼はアルトリアに勝てると読んだのだろうか?
 どちらにしても、それは彼女にとって最大級の侮辱に他ならない。

「もういい。
 もはや何の価値も無い、無意味な勝負だった」

 期待をした分、アルトリアの失望は大きい。
 彼女は路肩の雑草でも見るような目でスパーダを睨め付けた。
 一撃。塵すらも残す気は無い。
 目の前の不愉快なモノの痕跡の悉くを消し去るために、アルトリアは己の宝具を水平に構え魔力を高める。
 彼女の身体から吹き出す魔力に、血まみれの全身を撫でられながら、何故かスパーダは嗤っていた。

『無様だな……』

 声を失った彼の口が、そう言った気がした。
 聖杯戦争でのサーヴァントがそうであるように、彼らは受肉し無い限り、そこに在るだけで膨大な魔力を必要とする。
 そこでユニテリウスは、悪魔の持つ触媒への憑依能力に目をつけた。
 予め肉の身体を用意し、それに彼を憑依させることで英雄スパーダの受肉を試みた訳である。
 先だってアルトリアやダンテを襲ったマリオネット。さらに先ほどバラバラにされたフェティッシュはその実験体でしかない。

『仮初とはいえ、二度目の生に執着したが故か』

 しかしながら、かの高名な人形師に依頼した人形ではあまりに不十分だった。
 別に完成度が低い訳ではない。逆なのだ。彼女の造った人形は、あまりに人間に近すぎた。
 少しばかり頑丈に作り、さらにある仕掛けも施したが、人間を基準に作成した以上、彼の魂を内包するにはあまりに脆い。
 ただでさえ何かに憑依した悪魔の能力は、著しく減衰する。
 封印指定の人形師の作品とはいえ専用に作られたわけではない人形に憑依させられながら、魔界製の人形を触媒としたフェティッシュを圧倒した彼の実力は推して知るべしだ。

『いいだろう、名も知らぬ黒き騎士よ』

 さらにアルトリアに戦士としての信念があるように、スパーダにも魔剣士としての信念がある。
 自分の主であった魔帝を、自分と同じ起源を持つ悪魔を、自分の生まれた故郷を裏切ってまで求めたもの。
 それは虐げられてきた弱き者たちの笑顔だった。
 彼を動かしたのは、力無き者がただそれだけを理由に踏みつけられ命を刈り取られることへの義憤だった。

『我が矜持、その小さな身体に刻み込め』

 だから、退ける訳が無いのだ。目の前に、気侭に力を振るう暴虐の徒がいる限り。
 たとえ勝てずとも、僅かばかりの手傷を負わせれば、次に挑む者に有利に働く。
 たったそれだけの理由でも、彼は命を賭けられる男なのだ。

――――――卑 王 鉄 槌(ヴォーティガーン)

 不意にドクン、と心臓の隣で『石』が拍動した。
 彼の身体が僅かに魔界と繋がり、魔界の瘴気が彼の身体へと流れ込む。
 そしてアルトリアが古の王の名を持つ赤黒い斬撃を放つよりも早く、スパーダは己の撃鉄を落とした。
 それをすれば、現在宿っている肉の身体は決して保たないと知りながら。


 彼は、デビルトリガーを、引いた。



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【黒×DMC】Episode-09:Sick Puppet Play

 重低音を響かせながら、アルトリアの乗ったV-maxがとある教会の門前で停止する。

「ここか……」

 アルトリアはダミータンクの上に取り付けたバックから資料を確認し、ここが目的地であると断定した。
 古びた、しかし手入れの行き届いた教会だ。
 跡地という程には寂れていないが、中に人の気配はまるで無い。

「香るな、血の臭いだ」

 確信にアルトリアの口角が吊り上る。
 これまで狩って来た死徒の寝床と同じ気配。此処で殺戮が行われ、それを隠した気配がこの教会にはある。
 彼女は確信を持ってその教会のドアを蹴破り、中を散策。程なくして地下への階段を発見した。
 別に隠し階段という訳ではなく、恐らくは地下室の類……ああ、なるほど。

「地下墓地(カタコンベ)か。いい趣味をしている」

 すえた様な臭いが鼻をつく。階段の先は、死者を埋葬するために設けられた古い集団墓地だった。
 ずらりと名前の並ぶ石壁の間を、アルトリアは剣先を床に擦らなよう注意しつつ歩みを進める。
 そうしながら床に眼をやり、十数本の骨をブーツの底で踏み潰した時、彼女は壁に突き当たった。

「二流だな」

 視線を床に向けて眼を凝らせば、周囲よりも薄い埃の道が壁に飲み込まれている。
 電灯も何もないこのカタコンベでは、よほど――――いや闇の中でも昼同然に見えなければ気付かないほどの痕跡だが、彼女にとってそれを発見するのは造作も無い事だった。
 恐らくこの先に続く道が石壁の中にあり、この何らかの仕掛けによって開くのだろう。
 その石壁を数回叩き、厚さを測る。問題はない。

「ハッ!」

 アルトリアはスパークス・ライナーの要領で石壁に向かって垂直にエクスカリバーを叩き込んだ。
 よく冒険映画にあるような、仕掛けを解いて扉を開けるなどといったまどろっこしい行為は無用。立ちはだかる障害は剣で打ち砕くのが彼女の心情である。
 アルトリアの全力の片手突きをまともに食った壁は一撃で崩壊し、彼女の為の道を造ったのだった。






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        Episode-09
      Sick Puppet Play







「やはり、いい趣味をしている。墓地の次は闘技場(コロッセオ)か」

 そこは、モルモットを潰し合わせる為の実験場だった。
 通路の先、いくつかの部屋と角を通り過ぎた場所にあるひらけたそこは、思いのほか頑強に造られている。おそらく、元は地下倉庫か何かだったようだ。
 魔術的な強化が施されていることから、現在では間違いなくユニテリウスの工房の一部だろう。
 足下にはまだ乾いていない死体がそこかしこに転がり、部屋の四辺で巨大な篝火が燃えている。
 いかにも科学を嫌う魔術師らしい、偏執的な実験設備だった。

「――――うん?」

 ふと、転がっている死体の違和感に気付いた。
 それらはどれも銀髪で、どれも同じような体格をしている。
 そしてなにより、それらはみなただの死体ではないようだった。顔の造詣が、全て同じなのだ。
 赤い眼をしたそれらの顔は、どこかダンテに似ている。

『カ、カ、カ、』

 ここが魔術師の工房であることを考えれば、これは魔術的な人形だろうか?
 アルトリアは、足下の死体について考えを巡らす。
 不気味な声が石壁に反響したのは、そんな時だった。

『カ、カ、カ、カ、』

 不意に四隅に置かれた篝火が動き出す。
 それらは篝火などではなく、マリオネットと同じく悪魔の媒介となった人形だったのだ。
 彼らは皆、両手に半月剣のような武装をもち、そこに松明の炎を灯していた。
 そして全身をカラカラと鳴らしながら、長方形の四つの頂点にいた四体の悪魔が一歩、また一歩とアルトリアに接近する。

『カカカカカカカカカカ――――』

 闇が支配する倉庫に反響する、耳を劈く悪魔の嘶き。
 醜悪なその作り物の身体が自らの炎に照らし上げられて浮かび上がる様は、狂気そのものだ。

 フェティッシュ
 それが魔界で造られた純魔界製の躯を持つ炎の悪魔の名前だった。

「ほう、今度の人形はずいぶんとマトモだな」

 彼らの威容に、アルトリアは刃を構え鎧を纏う。
 それはお気に入りの服を燃やされたくは無いからではなく、彼らに先のマリオネットどもとは別格の魔力を感じたからである。
 炎に浮かびあがるそれらには四肢があり、顔があった。だがそれらは、明らかにヒトをかたどってはいなかった。
 彼らの貌に、眼や鼻は無い。
 ただ丸みを帯び、複数の帯状刻印が刻まれた巨大な嘴があるだけだった。
 背丈は優に2メートルを越え、頭の羽飾りを含めれば2メートル半にも届くだろう。そのくせ青い魔玉が輝く胴体は70センチ程しかなく、手足が異常に長い。
 特に腕は人間と同じように胴体に繋がっているにも関わらず、握っている半月剣の先が地面に擦れる程に長かった。

「さあ、いくぞ悪魔ども。
 せめて名前くらいは、私の脳漿に刻んでみせろ」

『カァァカカカカカカカカカカカカカカ―――――――――――』

 部屋の四辺にいたフェティッシュのうち、まずは右斜め後の一体が先陣を切る。
 見えない糸にぶら下がる様にして移動し、腕を振りかぶった。
 まるで下手糞な人形劇の様だが、その脅威だけは本物だ。彼らは魔界に巣食う中級悪魔である。
 高い魔力を纏いながらも、一歩、上級に届かない半端ものたち。
 しかし上級に比べ数に勝る彼らが寄り代がなしに出現できないのは、人間にとって何よりの幸いだったのかもしれない。

「死ね」

 覇気を加速し脚を前へ。凶面と狂貌が接近する。
 先手はアルトリア。
 脇構えから刃を跳ね上げ、加速を乗せて打ち落とす。それをフェティッシュの持つ二枚の半月剣が止めた。

『カ! カ! カ!』

 人形の巨大な嘴で煉獄が渦を巻く。眼前で重ねられた半月剣の間から、炎が彼女目掛けて吹きかけられた。
 強烈な業炎の猛りに彼女の身体は易々と吹き飛ばされ、闇を照らす高温がアルトリアを焼く。

「少しはやる。雑魚では――――」

 無いか、と言葉をつなげない。
 片手を床に着いたままの彼女目掛けて、残る三体のフェティッシュが攻撃を開始したためだ。

『ケェェェェーーーーーーーー!!!』

 左斜めにいた一体が、炎を吹いた人形の背後から金切り声と共に呪いを行使。
 遥か魔界より伸ばされた呪詛の糸が彼女の四肢に絡まり、宙に吊り下げるようにして動きを奪った。そこに、二対四刃の刃が落とされる。
 だがそんなもの彼女が生前に、そして第四次に味わったものに比べれば脅威でもなんでもない。


竜炉開城(ヴォルティゲルン)


 判断刹那、呪詛がさらなる呪詛に弾き飛ばされる。
 アルトリアを中心に逆巻く黒い霧がある限り、たとえ受肉し対魔力を大きく減衰させようとも並大抵の呪いでは彼女に届かない。
 悪魔のもつ瘴気が、彼女の負気を超越しない限り。

「前言は撤回だ。
 さっきのより少しはマシだが、それだけか」

 立ち上がると同時の片手突きが、一体目の胴体を貫通した。
 弱点など見え見えだった。
 炎を生み出すために魔力を大量に溜め込んだ青玉を破壊され、彼らの躯が崩れ落ちる。
 さらに背後に迫る二体目を、身体を反転させて股下から脳天まで切り上げた。

「何より、数が足りない」

 紛い也にも、アルトリアの唐竹を防ぐような種である。
 もしこの悪魔達がマリオネットのように数十の徒党を組んで押し寄せられたら危なかったかもしれない。
 数体が身体を張ってアルトリアの動きを止め、そこに他の個体が一斉攻撃を仕掛ければ彼女も宝具なしでは切り抜けられないくらいに負いつめられただろう。
 だが現実に出現したのは四体のみ。彼女に抗するには、あまりにも少なすぎる。

『キ!?』

 瞬く間の惨劇。一瞬で四散した同胞に、残る二体に動揺が走る。
 人界への侵攻に於いて、彼らに与えられた責務は下級悪魔を従える戦線指揮官。
 それ故に与えられた僅かな理性が仇となった。彼らの硬直を、見逃すようなアルトリアでなはい。

「雑魚め、上手く止めろよ」

 黒い霧がアルトリアの身体へと収束した。
 普段は体外に留めている魔力を摂取したことで起こる、一時的な出力の上昇。
 飽和した魔力を爆発させる跳躍は10メートルの距離を無にし、アルトリアの身体が三体目のフェティッシュの頭上に出現する。
 大上段に構えた黒い剣が翻り、跳躍による放物線が垂直にフェティッシュの脳天を割る。
 先程の切り落としとは比べ物にならぬ、魔力放出を伴った一撃は、重戦士の甲冑すら叩き潰すヘルムブレイカーと成って落ちたのだ。

『キヘッ!?』

 無論、そのフェティッシュは両手の半月剣を用いてガードを行った。しかし彼は頭部を叩き割られ、身体は股下まで両断された。
 アルトリアの刃は二枚の半月剣をその手首ごと叩き壊し、悪魔の身体を真っ二つに斬り分ける。
 勢い余って床にまで達した刃は、そのまま床石を木材のように切り裂いた。

「あと、一体」

 ゆらり、と悪魔以上に悪魔らしい仕草でアルトリアは立ち上がる。
 その視線の先に居るのは、この惨劇の最後の犠牲者となるべき存在。
 もはや世界の摂理は覆り、悪魔(フェティッシュ)はただ、人間(アルトリア)に狩られるだけの存在へと成り果てたのだ。

「祈れ、少しは楽になるかもしれん」

 アルトリアが剣の切っ先を垂直に相手に向けた。
 脇を絞め、身体を沈める。数メートルの距離など一瞬で無にする最速の突きを放つ構えである。
 それはさながら獲物を狙うユキヒョウのように、しなやかに相手の喉下を狙う。

『ギッ!』

 だがフェティッシュとて中級に位置する悪魔なのだ。むざむざ殺られることを良しとする訳がない。
 彼はこの間合いではまだ自分の方が有利だと己に言い聞かせ、両手に握る炎の半月剣を投射する構えに入った。
 魔力の糸で繰られるこの半月剣は、一度放たれれば重力など無視して対象を襲い、ヨーヨーのように戻ってくる異界の武器である。
 弾かれても構わない。身体を広げ、十分に距離を離して同時に放てば、ひとつを弾いている間にもうひとつが敵を切り裂く。
 その隙に接近し、嘴から最大級の炎を見舞ってくれる。
 それが彼の描いた作戦だった。そしてそれを実行しようと腕を振りかぶり―――――

『ガヘェッ!?』

 唐突に、その武器を持つ両腕が肘の辺りから弾けた。
 その予期せぬ事態にアルトリアの動きも止まり、代わりに銃声のドラムソロが地下室を縦横無尽に反響する。
 数十秒の間に百発近くの弾丸を背中に浴び、天を見上げて崩れ落ちるフェティッシュの胸から鈍い銀色の刃が生えた。

「ダンテ!?」

 アルトリアは誰にも聞こえないような声で呟く。向かいの扉があった場所に誰かが立っているのが見えたためだ。
 無数に反響するこの室内では音だけで銃の口径を判断するなど出来るはずがないが、少なくとも小口径ではないことは解った。
 そしてそんな銃をこれほどの速度で連射できる人物はと考えていけば、あの赤いデビルハンターの顔が浮かぶのは至極当然である。

 だが、彼女はすぐにそれが間違っている事を知る。
 硝煙の向こう側で銀色の大口径拳銃を油断なく構えるのは赤いコートを着た風来坊ではなく、紫のロングコートに身を包んだ紳士だった。
 片目にモノクルを嵌めたその男は、ダンテと同じ銀色の髪をオールバックに固め、紅蓮を映す鋭い瞳でアルトリアを照準している。

「馬鹿な。何者だ、貴様」

 即座に、アルトリアはその紳士の正体を見抜く。
 両手に40口径を超える銃を持ち、それを連射するなどおよそ人間業ではないが、彼女に確信を抱かせたのはそんな理由ではない。
 感じたのだ、彼女の身体が。
 この男は 自 分 と 同 類 で あ る と 。

「なぜ、英霊が――――いや、サーヴァントが此処にいる?」

 聖杯戦争のルールにはこうある。
 サーヴァントは、たとえ相手が霊体化していようともそれを感じ取ることが出来る、と。
 セイバーのクラスに在る彼女は決してその能力が高いわけではないが、こうも接近していればおのずと知れるというものだ。

 そして同時に、これは異常事態でもある。
 冬木市で起きた聖杯戦争はとっくに終結しており、そもそも目の前の男など見たことも無い。
 ならば、より以前の? ありえない話ではないが、少なくとも彼女が調べた中にはそんな記録は無かった。
 いやいや、それよりも何故、ユニテリウスの工房にそんな存在が居る。
 ユニテリウスの素性は明白――――というと語弊があるが、少なくともここ数代は血脈もハッキリしていたし、魔術の技法も受け継がれているようだった。
 ならば、この男は?
 その時、アルトリアの中で、様々な事象が一本の線で繋がった。

「貴様まさか、“喚ばれた”のか?」

 アルトリアの、前置きも何もかもすっ飛ばした問いに、男が頷く。
 忘れてはならない事だった。
 この工房の主、ユニテリウスが頭首を勤めるウロボロス家は、千年以上続く召喚魔術の大家である。

 その研究内容は英霊召喚のプロセスを解析し、召喚時と帰還時の情報の流れを感知して根源への道を掴むというもの。
 改めて考えてみれば、何の事はない。
 彼女は未だその事を知らないが、それは冬木にて三人の魔術師が―――――アインツベルンとマキリと遠坂が試みた方法。
 聖杯戦争による根源への到達手法と、根本的な部分では何も変わらないのだ。

「―――――」

 そして当代のユニテリウスは悪魔召喚に傾倒し実際に悪魔を、それも聖堂教会が定める『真性悪魔』でも『仮性悪魔』でも無い者を召喚した。
 ならば、この目の前の男が何者であるかは、自然と絞られる。
 真性と仮性のどちらでもない悪魔に強い縁のある英霊など、少なくとも彼女にはひとりしか浮かばない。
 それは千五百年という途方もない昔に生を受けた彼女が、まだひとりの少女であった時に聞いた物語の主人公。
 キリスト教の救世主が現れるよりも昔に侵攻してきた、悪魔の軍勢を退けた英雄。
 悪魔でありながら悪魔を斬り、怨嗟に塗れながら人の世を救った反逆の徒。


「会えて光栄だ、魔剣士スパーダ」


 フェティッシュの残骸が燃える炎に、彼の魔剣士のシンボルであった無骨な剣が、怪しく煌いていた。



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【黒×DMC】Interlude-01:The Artificial White

   Interlude…

「ヘッ、なんだか嵐みたいなお嬢ちゃんだな」

 1000ccはありそうな大型バイクに跨って走り去る、思いのほか小さな背中を見送りダンテは呟く。
 何処の誰とも知らない、奇妙な少女。
 だが酒場で見た瞬間に彼女がただ者ではないということは解った。
 殺意や悪魔の気配以外にはどうにも鈍感なダンテでも解る程の魔力が、少女から立ち上っていたためだ。

「幽霊、いや英霊だっけ。まあいいや」

 悪魔ではないにもかかわらず、悪魔よりもよっぽど“黒い”少女。
 しかしその黒は、悪魔どもが纏うゴミ溜めを煮詰めたみてぇな濁ったものでも、鋭く光る銃身のような黒鉄でもない。
 それはあえて言えば、東洋人のいい女が背中に流した黒髪の色。
 全てを飲み込むくせに自身は艶やかに輝くような、そんな純粋な黒だ。

「十年後はかなりイイ女になるんだろうけど……
 アイツ、そもそも成長しないんじゃねぇのか? もったいねぇ」

 幽霊が成長するなんて聞いたことがないし、その辺のコトは彼にはよく解らない。
 だがかわりに彼女が言った事でひとつだけ、彼だからこそ確信を持って言える事がある。
 “悪魔召喚”など、馬鹿のやること以外の何でもないという事だ。

 解ってんのか? 悪魔は、絶対に人間じゃあ扱いきれない。
 自分より脆弱な存在に、たとえ一時的にでも弱肉強食以外の価値観を持っていない悪魔が従う訳がないのだ。
 それなのに彼女の言い方からすると、ユニテリウスは召喚を『成功』させたらしい。

「クソッ、キナ臭くなってきやがったぜ」

 ダンテは苛立ち紛れに地面を蹴飛ばした。
 例えば彼らが先ほど破壊し尽したような、マリオネットなどの低級悪魔のみならば何とかなる。
 ある程度の魔力と知識、そして実力を持つものならば従わせることは可能だろう。ユニテリウスが上級の吸血鬼だというのならば、条件は揃う。
 弱肉強食が唯一のルールである悪魔たちは自分よりも強い者になら、たとえそれが悪魔じゃなくとも従うのだ。

 だがしかし、“こんな輩”まで出てきたとなると、事態はもっと深刻なのだと言える。
 あきらかに“こいつ”は、マリオネットなんかとは一線を画す存在だ。有体に言えば、『格』が違いすぎる。

「オイ、いい加減出て来い。
 女に逃げられた事には同情するが、それはパーティーに遅れてきたテメェらが悪い」






   To Cross Over “Devil May Cry”
        Interlude-01
      The Artificial White






 ダンテは、視線を鋭くして路地の奥を睨みつける。
 アルトリアの強烈な気配に紛れ、入れ替わるようにこの場に滑り込んだ存在を彼は的確に捉えていた。
 そして彼がその存在にむけて殺気を放った直後、マリオネットなどとは比べ物にならない程の悪魔の気配が、路地裏を撫で回す。
 氷が、路地の中央で渦を巻いた。

「生憎と、俺は一度見た奴の気配は忘れねぇんだ」

 大気中の水分が集約され、一瞬のうちに氷へと変化して悪魔の身体を成す。
 ダンテの目の前に現れたのは、狐のように面長の頭部を持つ悪魔。
 全身は新雪のように白く、仮面のような貌はひたすらに無表情。顔面の上部からは耳のように体毛が伸び、尾は尻ではなく後頭部から生えている。
 その体格は痩せ型の成人男性とほぼ同等だが、その肉体には一分の無駄もない。
 対象を抹殺するためだけに設計された肉体がそこに在った。

「フゥゥゥゥ――――」

 氷の悪魔の口から漏れる、低い唸り声。魔界の冷気が路地に満ちた。
 純白の身体に荘厳ささえ漂わせ、両腕を翼の様に広げて地表の僅か上に浮かぶこの氷の悪魔の名は『フロスト』
 胸部と四肢の先には鎧ような甲殻を纏い、さらに篭手自体に長さ数十センチ、直径十センチ弱の杭のような氷柱が三本生えている。

 それがこの悪魔の能力。
 冷気を操るのではなく、魔力によってかき集めた水分子からエネルギーを奪うことで対象を冷やし凝結させるとともに高い運動能力を得た。
 それが創造主がある死徒を参考に作り上げ、この悪魔に与えた神秘。本来ならば上位の悪魔が持つ、高い世界干渉力の具現である。

「テメェのツラには見覚えがあるぜ。確かテメェ、俺の店から剣を盗みやがった奴だろ。
 人の物を盗んじゃいけませんって、ママに教わらなかったのか?」

 彼がこの悪魔と合うのはこれが二度目だった。一度目の邂逅は、ニューヨークにある彼の店。
 ご丁寧な事にこの悪魔は、この戦場への招待状を持って彼の店を訪れたのだ。

『――――――――――』

 しかも侮蔑を込めた招待状を店の壁に自慢の爪で刻み込むと、雑魚を戦わせている内にもうひとつの目的である彼の父が遺した剣を盗み出すという徹底振り。
 ここまで馬鹿にされて、ダンテがその挑発に乗らない訳が無いというのも計算づくだったのだろう。
 殺意を隠すこともなく、彼はリベリオンの切っ先をフロストに突きつける。

「へっ、どうやら素直に返す気はねぇみたいだな。
 OK、ならやろうぜ。遊びじゃねえ、マジな奴をな」

 彼の魔力が赤い稲妻となってリベリオンの刀身を奔った。
 目の奥には、尊敬し、けれども軽蔑する父親の形見を奪われた怒りが満ち満ちている。

 遊ぶ気など無い。手加減など考えられない。一撃で粉砕する。
 彼は普段見せる軽薄な態度を一変させ、滾る怒りに任せて劇鉄を起こした。
 フロストもまた、ダンテから溢れる魔力に反応して殺意を走らせる。
 そしてダンテは、己の深部に眠る“悪魔”を起こすべく、トリガーを引く、刹那、

「がッ……」

 彼の胸を透明な三本の氷柱が、背 中 か ら 貫 い た。

「カァァァァーーー」

 ダンテの背中で、氷が嘶いた。
 鋭い氷の杭は正確に彼の心臓を貫通し、血に濡れた切っ先は彼の顎の下に姿を現している。
 それは目の前のフロストの爪と同じ形をした氷の杭であり、その根元には硬質な外皮の篭手と純白の腕。
 さらに氷の粒子と化していた残りの部分も徐々にカタチを取り戻し、やがて彼の眼前にいるものと同じ姿になる。
 身体を移動が容易な氷の粒子へと変化させることによって行う、無気配での高速移動。
 彼らは創造主が自らの粋を結集して作り出した存在ではあるが、しかし一体だけではなかったのだ。

『―――――我ラハ、誇リ高キ魔界ノ尖兵』

 音が、聞こえる。それは決して人間には理解できない、彼らだけの言語だった。
 二度目とはいえ実質初見であるダンテは知る由もないが、このフロストという“兵器”は、二体で行動する習性があった。
 人には認識できぬ音域の言語を使い、相互に連絡を取り合う彼ら。
 もしダンテがいつものように余裕をもって一体目と相対していれば、遅れて接近する二体目にも気がついていただろう。

『――――我ラハ、コノ世界ヲ併合スル為ニ遣ワサレタ決戦兵器』

 そもそも余裕をみせるだの、威嚇するだのといった行動を、彼らは取らない。
 彼らは兵器なのだ。その使命は対象の抹殺のみである。
 故に一体目の行動はその全てが陽動であり、二体目の必殺を導くための準備に過ぎなかった。

『我ラノ行イハ、全テ我ラガ主ノ望ムママニ』
『我ラノ行イハ、全テ我ラガ主ノ望ムママニ』

 そして彼らは成し遂げた。
 反逆者の息子の心臓を、貫く事に成功したのだ。

   Interlude Out



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