【Act】第三話:Deceit/真実
「――――ッ、なんて、デタラメ」
凛はゴクリと喉を鳴らす。仮に、彼の魂が本当に妖精郷にあるとしたら、それは絶望的なほどタチが悪い。
そんなもの、どうやっても殺せないのだから。
「ああ、確かにデタラメだ。けど、この身体は死なないってだけで、痛みは普通に感じるんだ。だから……」
「そう、なら……」
「気が狂うまで殺し続ければ、私の勝ちね」
「気が狂うまで殺し続ければ、君の勝ちだよ」
二人の声は、申し合わせたかのように重なる。二人はそれぞれの武装を十全に構え、お互いに確たる戦意を宿した視線を交錯させる。
「でも、その前に俺の剣が届けば、俺の勝ちだ」
ふたりの意思が爆ぜ、両者は同時に地面を蹴り飛ばす。凛は右に、士郎は前に。宝石剣が振るわれる。黒い光が士郎の身体を二つに分けた。
Act Out Inverted Spirit
第三話
Deceit/真実
――――死んで、蘇生する
まだ地面に伏している士郎に再び黒い光が襲い掛かる。生き返ったばかりの士郎に逃れる術はない。
――――死んで、蘇生する
今度の彼は運がよかった、右腕が動く。一瞬早く運動機能が戻った右腕一本で横に飛ぶ。
「よし、躱した」そう思った瞬間に、宝石によって横腹を吹き飛ばされた。
――――死んで、蘇生する
幸い、とは言い難いが、死因が内臓の破損だったので、彼の四肢はちゃんと動く。
「投――――」
投影、と言いかけて、思いとどまった。弾幕の如く迫り来る黒い瘧の群れ。それを地面に伏せることでなんとかやり過ごす。
(これ以上、投影は、)
ドンッ、という衝撃が身体に響く。しまった、と彼が思った時は遅かった。瘧に紛れて飛んできた宝石に気付かず、脊髄を抉られる。
――――死んで、蘇生する
「おおおぉぉぉーーー」
意識が戻った瞬間に、士郎は低空タックルの要領で凛との間合を詰める。振るわれる宝石剣。その光を、さらに身を低くすることで避ける。即座に身体を起こし、右に飛ぶ。さっきまで士郎がいた場所に殺到するガンドの嵐。
. 接 続 、開 放 、 大 斬 撃
「ちっ、―――Eine, Zwei, RandVerschwinden!!」
凛が舌打ちとともに宝石剣を大きく振りぬく。放たれるのはこれまでで最大の黒い斬光。さすがに避けきれない。
(けどこれ以上、投影は使えない)
士郎の胸から腰までが消失する。
――――死んで、蘇生する
それでも士郎は立ち上がり、無手のまま凛を睨み付ける。
(魔力量を計算。猶予は……)
士郎はいつになく冷静に、残った魔力から使える魔力量を計算する。
(通常の投影、三回分)
再び駆け出す。
「もういいわ。徹底的に、殺してあげる」
再び放たれる、遠坂凛の秘奥。
. 接 続、 流 転、 重 層、 三 重 斬 撃
「
Wandel, Multi, Zwei, MieVerschwinden――――!!!」
上段、中段、下段と平行に三本現れた黒い刃で、士郎の身体が割れた。
――――死んで、蘇生する
. 狙え、 一斉射撃
「まだまだッ! ――――Fixierung, EileSalve 」
凛は蘇生中でうずくまったままの士郎に、魔力を大量に注ぎ込んだ特大のガンドを断続的に叩き込み続ける。
―――死んで、蘇生する
―――死んで、蘇生する
認めない、私は望まれたんだ。世界の全ての悪を成せと。世界中の人々の、願い[悪]を、たったひとりの人間に阻まれてなるものか!
―――死んで、蘇生する
―――死んで、蘇生する
―――死んで、蘇生する
―――死んで、蘇生する
―――死んで、蘇生する
―――死んで、蘇生する
―――死んで、蘇生する
―――死んで、蘇生する
―――死んで、蘇生する
―――死んで、蘇生する
―――死んで、蘇生する
―――死んで、蘇生する
―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死ん で、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する。死んで蘇生する。死んで蘇生する。死んで蘇生する。死んで蘇生する。死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生―――――
体は剣で出来ている
I am the bone of my sword.
狙い通り。正しく身を引き裂かれる猛痛の中で、士郎は歯を食いしばりながらも、己の作戦の成功を確信する。ひたすら前に前に踏み出したのは、ただの陽動。彼は、死の痛みと蘇生の苦しみを必死に噛み堪えながら、ずっとこのシチュエーションを待っていた。
血潮は鉄で心は硝子
Steel is my body, and fire is
my blood.
宝石剣は平行世界から魔力を吸い上げるため、彼女への反動を度返しすれば供給は無尽蔵。けれど今放っているガンド撃ちは違う。使用すれば彼女の内在魔力は
確実に消耗する。そして、固有結界の中のマナは術者が独占できるから、固有結界の中において、宝石剣は使っても意味が無い。
幾たびの戦場を越えて不敗
I have created over a
thousand blades.
要するに彼女を動揺させて判断を鈍らせ、固有結界内での戦闘を有利にしつつ、同時に発動に必要な詠唱の時間を稼ごうという作戦である。冷静に考えれば、それは命が幾つあっても足りない愚考。だが幸いな事に、彼の命は無限である。
ただ一度の敗走もなく
Unaware of loss.
ただ一度の勝利もなし
Nor aware of gain.
あとはこの詠唱を完成させればいい。
人間には“慣れる”という非常に高度な機能が備わっている。同じ激痛でも、それを続けざまに与えられた場合。それに対する反応は徐々に鈍いものとなる。よって、痛みで集中が途切れる心配はない。
担い手はここに独り
With stood pain to create
weapons.
剣の丘で鉄を鍛つ
waiting for one's arrival.
唯一の懸念材料である声と口の動きによる察知も、このガンドの嵐とそれに伴う銃撃音が覆い隠してくれる。とはいえ、
「―――ッ! させないっ!!」
それでも、凛は一流の魔術師。かなり遅れたとはいえ、やはり気付いた。
. 接 続 、開 放 、 大 斬 撃
「―――Eine, Zwei, RandVerschwinden!!」
だがそれも折込済み。
士郎も伊達に三年も一緒にいたわけじゃない。彼女が一流だというコトは、彼が一番よく知っている。
トリガー オフ トレース オン ロー・アイアス
「 詠唱、中断、 投影、開始 ―――― 熾天覆う七つの円環!!」
通常の投影三回分の魔力を消費する、盾の投影。だがそうするだけの価値はある。
トリガー オン
「 詠唱、再開 」
この戦闘の冒頭で盾の耐久力はテスト済み。
ほんの十数秒なら、この盾は黒光に食い下がることはすでに証明されている。
ならば、我が生涯に 意味は不要ず
I have no regrets. This is the
only path.
. 開放、相乗
「くぅーーーッ。――― Eine, ein Ende!」
凛が、開放状態の黒光にさらに自身の魔力を乗せる。そのことで、予定より早く花弁が砕ける。
だが――――遅い!
迫り来る光の刃を紙一重で躱す。同時に、真名を含む最後の一節が告げられる。
この体は、無限の剣で出来ていた
My whole life was “unlimited
blade works”
詠唱は、ここに完了した。
士郎が詠唱を終えた瞬間、まるで初めからそこにあったように彼の両側に炎が現れ、地面を奔る。其れは全生命の心象風景の総和である『世界』と
一個人の心象風景を隔てる乖離線。それは彼にとって唯一の、そして究極の一。『世界』から、己の領域を切り抜き奪う大禁呪。
固有結界、unlimited blade works 【 無限の剣製 】
そこは衛宮士郎の心象世界。赤く燃える空と、閑散とした丘が何処までも広がり、その丘には、これまで彼が認識したあらゆる剣が突き立っている無窮の大地。
「いくぞ、アンリ・マユ。消える覚悟は充分か?」
その大地に立ち、士郎は堂々と、己が対峙している者の真名を言い放った。
「―――― へぇ、どこで気付いていたの?」
凛の眼つきが変わる。そこまでも冷たく、鋭いものに。
「初めからだ。初めから俺は、アンタが遠坂の意識を乗っ取っているんだろ?
遠坂が、アンタに乗っ取られる寸前に、ラインを通じて声を届けてくれた。だから俺はここに来た!」
「ふ~ん、流石は遠坂凛といったところなのかしら。けれど、理解してる?
このわたしも間違いなく遠坂凛なの。アンリ・マユ自身には自我なんてないから、誰かの殻を被るしかない、の!」
凛……いや、アンリ・マユが背中から迫った剣の群れを宝石で吹き飛ばす。
「ずいぶんと姑息な手段を使うのね、士――――」
アンリ・マユの言葉が途切れる。同時に彼女は渾身の力で横に飛んだ。直後に響く轟音。頭上から降り注ぐ剣の雨。
「この世界は全方位が俺の射程だ。この世界の何処にでも、俺は剣を出現させられる」
「ちっ――――なら、殺される前に、術者を殺すだけよ!」
アンリ・マユが始めて前に向かって地面を蹴り、マナではなく己の魔力と、数個の宝石の魔力をかき集めて、絶技を振るう。
. 接 続、 流 転、 重 層、 三 重 斬 撃
「 Wandel, Multi, Zwei, MieVerschwinden――――!!!」
「無駄だ!」
それに、士郎は物量を以って対抗する。
出現する三本の黒光にあわせるように、四方八方から剣が殺到。そのほとんどは神秘を内包しないただの鉄の塊だが、いかな魔法の片鱗とて数の暴力には敵わない。砕かれ、チャフのように煌く鋼の霧。その余りの量に、アンリ・マユは一瞬だが士郎を見失った。
「くっ」
彼女の口から、初めて焦りが漏れた。
この結界の中では、マナは術者に独占されるため、宝石剣のバックアップは望めない。さらに今の無茶な魔術行使で、もともと少なくなっていた魔力も枯渇寸前だ。これも固有結界の中だからだろうか? それ以来、聖杯からのバックアップも滞っている。
「右か、左か、それとも……」
アンリ・マユとて不利は承知、だからこそ油断無く状況を見据える。眼前の着々と目の前の鉄の霧は魔力へと戻りつつある。
その視線が、視界内の僅かなブレを捉えた。
「……やっぱりね」
その鋼の霧のど真ん中をぶち抜いて、双剣を握り締めた士郎が飛び出したのだ。
「冷静に考えたら、あなたの魔力じゃこの結界は三十秒も保たないじゃない。だから、まどろっこしい搦め手なんか使えるわけないのよ!」
そう言ってアンリ・マユは左手を突き出す。その手には、三つの宝石。
「チェックメイト―――――」
その瞬間、アンリ・マユは勝ちを確信した。
士郎の不死性は『世界』による修正。ならば、ここで働くはずが無いのだ。なぜなら、ここは『世界』から乖離した場所なのだから。
. 五番、三番、四番
「―――――Funf, Drei, Vier,」
この結界が消えればまた士郎は蘇生するだろうが、既に魔力が枯渇し、固有結界が使えない彼など障害にはならない。
あとは、ひたすら狂うまでただ嬲り殺しにてやる。
. 終 局 、 炎 の 剣 、 相 乗
「 Der Riese und brennt das ein Ende!!」
これが、士郎が固有結界を使った場合に備えて準備した彼女の本当の切り札。遠坂家の魔術特性、流動と変換によって宝石に溜め込んだ膨大な魔力を解放/相乗させる。僅か一挙動で行使される大魔術。とっておきの宝石三つ分の魔力を相乗させた攻撃魔術は、宝石剣の一撃に匹敵する。
だが、アンリ・マユよ。いまさら言っても詮無きことだが、なにも遠坂凛の『うっかり』まで模写しなくともいいのではないだろうか?
「――――え!?」
戸惑いの声を上げたのは左手を翳す凛か、その射程に身体を曝しながら間合いに飛び込もうとする士郎か。おそらく、両方だ。
「魔術刻印が、励起してない!?」
彼女の左腕にある、彼女の魔術刻印が、それまで淡い翠に輝いていたソレが、突如として沈黙した。
よもや、遠坂家累代の至宝が、彼女を裏切ったのだろうか? いや、違う。刻印は、正しく、『遠坂凛』に従った。
『 わたしを、なめるんじゃないわよーーーーーー!!! 』
唐突に、彼女の中に響く声。その声に、ありえないとアンリ・マユが眼を剥く。そして発動しない魔術と、彼女の驚愕の表情の理由を士郎は確かにくみ取った。
「さすがは、“遠坂”だ。じゃあキツイのいくから、歯を食い縛れ!」
「―――――!!」
アンリ・マユが、咄嗟に身体に宿る功夫を頼りに右腕を振るおうとするが到底間に合うわけがない。既に士郎は、必殺の間合に飛び込んでいる。
「これで終わりだ、アンリマユ!」
そして瞬時に、士郎は左手の剣を、歪な短剣と入れ替えた。もとより彼は右半身と引き換えにこれを彼女に突き刺すつもりだったのだ。そこに、僅かなタイムラグも起こりはしない。
ルール・ブレイカー
破戒すべき全ての符
短剣を、桜を介してアンリ・マユと繋がった遠坂の身体に突き刺す。
稀代の魔女がそのシンボルとして持つ破戒の宝具によって、凛の身体に染みこんでいた黒い魔力が、彼女の身体から抜け霧散する。
「まったく、遅いのよ、士郎」
一瞬うなだれて、再び顔を上げた遠坂は、そう言って士郎の腕の中に倒れ込む。その髪と瞳は、もとの色を取り戻していた。
現実に押し流されて砕け散り、世界へと帰還する固有結界の中で、士郎はその腕の中に大切なものを取り戻したのだ。
「これで、セイバーと遠坂は大丈夫だ。あとは……待ってろよ、桜。必ず助けだすから」
士郎は最愛のひとを腕に抱き、眼を瞑って誓いを紡ぐ。
己が見逃し続けた罪を雪ぐ、そんな後ろ向きな理由ではない。運命に翻弄されたかつての後輩を、彼女が望んでいる平穏に彼女を帰還させるために。
その決意が、願いがある限り、彼は負けはしない。
だからこれ以上は、語る必要も無いだろう。
士郎は遠坂が何とか戦える程度に回復するまで彼女を支え続け、駆けつけたバゼットとその彼女と契約したセイバーを伴って、円蔵山の深くで起動する大聖杯のものとへ馳せ参じる。
宝石剣とエクスカリバー、フラガラックと投影魔術によって黒い影は殲滅され、遠坂と同じように桜にもルール・ブレイカーが突き立てられてアンリ・マユからその身体を開放される。大聖杯は相乗する白と黄金の光によって破壊され、全ての事象が終了した。
地脈や動植物への被害は大きいが、幸いにして冬木市での生命力の枯渇による死者はゼロ。重症の者も、一ヵ月もすれば日常に戻れるだろう。
セカンドオーナーである遠坂凛は此度の事態を間桐桜ではなく間桐臓硯によるものだと断定し、これを排除したと魔術協会に報告。一種の礼装として操られていた間桐桜を生家である遠坂家に戻すという形で確保したということを付け加えた。
失ったものは大きく、得たものはない。
けれど取り返したものはかけがえの無いもので、彼らは再び日常に戻ることができた。願わくは、彼らの後の人生が、穏やかなものであるように。
まぁその中心に遠坂凛が居る以上、幸多くとも騒がしいことになるのは目に見えているのだが、それはそれとして。
- Wed Clop -
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