【Act】第三話:Deceit/真実


――――ッ、なんて、デタラメ」

 凛はゴクリと喉を鳴らす。仮に、彼の魂が本当に妖精郷にあるとしたら、それは絶望的なほどタチが悪い。
 そんなもの、どうやっても殺せないのだから。

「ああ、確かにデタラメだ。けど、この身体は死なないってだけで、痛みは普通に感じるんだ。だから……」
「そう、なら……」


「気が狂うまで殺し続ければ、私の勝ちね」
「気が狂うまで殺し続ければ、君の勝ちだよ」


 二人の声は、申し合わせたかのように重なる。二人はそれぞれの武装を十全に構え、お互いに確たる戦意を宿した視線を交錯させる。


「でも、その前に俺の剣が届けば、俺の勝ちだ」


 ふたりの意思が爆ぜ、両者は同時に地面を蹴り飛ばす。凛は右に、士郎は前に。宝石剣が振るわれる。黒い光が士郎の身体を二つに分けた。




Act Out Inverted Spirit

第三話
Deceit
/真実




 ――――死んで、蘇生する

 まだ地面に伏している士郎に再び黒い光が襲い掛かる。生き返ったばかりの士郎に逃れる術はない。

 ――――死んで、蘇生する

 今度の彼は運がよかった、右腕が動く。一瞬早く運動機能が戻った右腕一本で横に飛ぶ。
 「よし、躱した」そう思った瞬間に、宝石によって横腹を吹き飛ばされた。

 ――――死んで、蘇生する

 幸い、とは言い難いが、死因が内臓の破損だったので、彼の四肢はちゃんと動く。
「投――――」
 投影、と言いかけて、思いとどまった。弾幕の如く迫り来る黒い瘧の群れ。それを地面に伏せることでなんとかやり過ごす。
(これ以上、投影は、)
 ドンッ、という衝撃が身体に響く。しまった、と彼が思った時は遅かった。瘧に紛れて飛んできた宝石に気付かず、脊髄を抉られる。

 ――――死んで、蘇生する

「おおおぉぉぉーーー」
 意識が戻った瞬間に、士郎は低空タックルの要領で凛との間合を詰める。振るわれる宝石剣。その光を、さらに身を低くすることで避ける。即座に身体を起こし、右に飛ぶ。さっきまで士郎がいた場所に殺到するガンドの嵐。

.                   、開  、    大  
「ちっ、―――Eine, Zwei, RandVerschwinden!!

 凛が舌打ちとともに宝石剣を大きく振りぬく。放たれるのはこれまでで最大の黒い斬光。さすがに避けきれない。
(けどこれ以上、投影は使えない)
 士郎の胸から腰までが消失する。

 ――――死んで、蘇生する

 それでも士郎は立ち上がり、無手のまま凛を睨み付ける。
(魔力量を計算。猶予は……)
 士郎はいつになく冷静に、残った魔力から使える魔力量を計算する。
(通常の投影、三回分)
 再び駆け出す。

「もういいわ。徹底的に、殺してあげる」

 再び放たれる、遠坂凛の秘奥。

.       続、 流 転、 重 層、   三   
Wandel, Multi, Zwei, MieVerschwinden――――!!!

 上段、中段、下段と平行に三本現れた黒い刃で、士郎の身体が割れた。

 ――――死んで、蘇生する

.                 狙え、  一斉射撃
「まだまだッ! ――――Fixierung, EileSalve


 凛は蘇生中でうずくまったままの士郎に、魔力を大量に注ぎ込んだ特大のガンドを断続的に叩き込み続ける。

 ―――死んで、蘇生する

 ―――死んで、蘇生する

 認めない、私は望まれたんだ。世界の全ての悪を成せと。世界中の人々の、願い[]を、たったひとりの人間に阻まれてなるものか!


 ―――死んで、蘇生する

 ―――死んで、蘇生する

 ―――死んで、蘇生する

 ―――死んで、蘇生する
 ―――死んで、蘇生する
 ―――死んで、蘇生する
 ―――死んで、蘇生する
 ―――死んで、蘇生する
 ―――死んで、蘇生する
 ―――死んで、蘇生する
 ―――死んで、蘇生する
 ―――死んで、蘇生する

 ―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死ん で、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する―――死んで、蘇生する。死んで蘇生する。死んで蘇生する。死んで蘇生する。死んで蘇生する。死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死んで蘇生する死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生死蘇生―――――




体は剣で出来ている
I am the bone of my sword.




 狙い通り。正しく身を引き裂かれる猛痛の中で、士郎は歯を食いしばりながらも、己の作戦の成功を確信する。ひたすら前に前に踏み出したのは、ただの陽動。彼は、死の痛みと蘇生の苦しみを必死に噛み堪えながら、ずっとこのシチュエーションを待っていた。




血潮は鉄で心は硝子
Steel is my body, and fire is my blood.




  宝石剣は平行世界から魔力を吸い上げるため、彼女への反動を度返しすれば供給は無尽蔵。けれど今放っているガンド撃ちは違う。使用すれば彼女の内在魔力は 確実に消耗する。そして、固有結界の中のマナは術者が独占できるから、固有結界の中において、宝石剣は使っても意味が無い。




幾たびの戦場を越えて不敗
I have created over a thousand blades.




 要するに彼女を動揺させて判断を鈍らせ、固有結界内での戦闘を有利にしつつ、同時に発動に必要な詠唱の時間を稼ごうという作戦である。冷静に考えれば、それは命が幾つあっても足りない愚考。だが幸いな事に、彼の命は無限である。




ただ一度の敗走もなく
Unaware of loss.

ただ一度の勝利もなし
Nor aware of gain.




 あとはこの詠唱を完成させればいい。
 人間には慣れるという非常に高度な機能が備わっている。同じ激痛でも、それを続けざまに与えられた場合。それに対する反応は徐々に鈍いものとなる。よって、痛みで集中が途切れる心配はない。




担い手はここに独り
With stood pain to create weapons.

剣の丘で鉄を鍛つ
waiting for one's arrival.




 唯一の懸念材料である声と口の動きによる察知も、このガンドの嵐とそれに伴う銃撃音が覆い隠してくれる。とはいえ、
―――ッ! させないっ!!」
 それでも、凛は一流の魔術師。かなり遅れたとはいえ、やはり気付いた。

          接  、開  、         大  
―――Eine, Zwei, RandVerschwinden!!

 だがそれも折込済み。
 士郎も伊達に三年も一緒にいたわけじゃない。彼女が一流だというコトは、彼が一番よく知っている。

 トリガー オフ  トレース オン                  ロー・アイアス
詠唱、中断、 投影、開始 ―――― 熾天覆う七つの円環!!

 通常の投影三回分の魔力を消費する、盾の投影。だがそうするだけの価値はある。

  トリガー オン
詠唱、再開

 この戦闘の冒頭で盾の耐久力はテスト済み。
 ほんの十数秒なら、この盾は黒光に食い下がることはすでに証明されている。




ならば、我が生涯に 意味は不要ず
I have no regrets. This is the only path.




.                                                          開放、相乗
「くぅーーーッ。――― Eine, ein Ende

 凛が、開放状態の黒光にさらに自身の魔力を乗せる。そのことで、予定より早く花弁が砕ける。
 だが――――遅い!
 迫り来る光の刃を紙一重で躱す。同時に、真名を含む最後の一節が告げられる。






この体は、無限の剣で出来ていた
My whole life was “unlimited blade works”






 詠唱は、ここに完了した。
 士郎が詠唱を終えた瞬間、まるで初めからそこにあったように彼の両側に炎が現れ、地面を奔る。其れは全生命の心象風景の総和である『世界』と 一個人の心象風景を隔てる乖離線。それは彼にとって唯一の、そして究極の一。『世界』から、己の領域を切り抜き奪う大禁呪。

 固有結界、unlimited blade works 無限の剣製
 そこは衛宮士郎の心象世界。赤く燃える空と、閑散とした丘が何処までも広がり、その丘には、これまで彼が認識したあらゆる剣が突き立っている無窮の大地。





「いくぞ、アンリ・マユ。消える覚悟は充分か?」





 その大地に立ち、士郎は堂々と、己が対峙している者の真名を言い放った。

「―――― へぇ、どこで気付いていたの?」

 凛の眼つきが変わる。そこまでも冷たく、鋭いものに。

「初めからだ。初めから俺は、アンタが遠坂の意識を乗っ取っているんだろ?
 遠坂が、アンタに乗っ取られる寸前に、ラインを通じて声を届けてくれた。だから俺はここに来た!」

「ふ~ん、流石は遠坂凛といったところなのかしら。けれど、理解してる?
 このわたしも間違いなく遠坂凛なの。アンリ・マユ自身には自我なんてないから、誰かの殻を被るしかない、の!」

 凛……いや、アンリ・マユが背中から迫った剣の群れを宝石で吹き飛ばす。
「ずいぶんと姑息な手段を使うのね、士――――」
 アンリ・マユの言葉が途切れる。同時に彼女は渾身の力で横に飛んだ。直後に響く轟音。頭上から降り注ぐ剣の雨。
「この世界は全方位が俺の射程だ。この世界の何処にでも、俺は剣を出現させられる」
「ちっ――――なら、殺される前に、術者を殺すだけよ!」
 アンリ・マユが始めて前に向かって地面を蹴り、マナではなく己の魔力と、数個の宝石の魔力をかき集めて、絶技を振るう。

.           続、 流 転、 重 層、    三   
Wandel, Multi, Zwei, MieVerschwinden――――!!!」

「無駄だ!」

 それに、士郎は物量を以って対抗する。
 出現する三本の黒光にあわせるように、四方八方から剣が殺到。そのほとんどは神秘を内包しないただの鉄の塊だが、いかな魔法の片鱗とて数の暴力には敵わない。砕かれ、チャフのように煌く鋼の霧。その余りの量に、アンリ・マユは一瞬だが士郎を見失った。

「くっ」

 彼女の口から、初めて焦りが漏れた。
 この結界の中では、マナは術者に独占されるため、宝石剣のバックアップは望めない。さらに今の無茶な魔術行使で、もともと少なくなっていた魔力も枯渇寸前だ。これも固有結界の中だからだろうか? それ以来、聖杯からのバックアップも滞っている。

「右か、左か、それとも……」

 アンリ・マユとて不利は承知、だからこそ油断無く状況を見据える。眼前の着々と目の前の鉄の霧は魔力へと戻りつつある。
 その視線が、視界内の僅かなブレを捉えた。

「……やっぱりね」

 その鋼の霧のど真ん中をぶち抜いて、双剣を握り締めた士郎が飛び出したのだ。

「冷静に考えたら、あなたの魔力じゃこの結界は三十秒も保たないじゃない。だから、まどろっこしい搦め手なんか使えるわけないのよ!」

 そう言ってアンリ・マユは左手を突き出す。その手には、三つの宝石。

「チェックメイト―――――」

 その瞬間、アンリ・マユは勝ちを確信した。
 士郎の不死性は『世界』による修正。ならば、ここで働くはずが無いのだ。なぜなら、ここは『世界』から乖離した場所なのだから。



.                             五番、三番、四番
―――――Funf, Drei, Vier,



 この結界が消えればまた士郎は蘇生するだろうが、既に魔力が枯渇し、固有結界が使えない彼など障害にはならない。
 あとは、ひたすら狂うまでただ嬲り殺しにてやる。




.         
  、      炎   、        相  
Der Riese und brennt das ein Ende!!」



 これが、士郎が固有結界を使った場合に備えて準備した彼女の本当の切り札。遠坂家の魔術特性、流動と変換によって宝石に溜め込んだ膨大な魔力を解放/相乗させる。僅か一挙動で行使される大魔術。とっておきの宝石三つ分の魔力を相乗させた攻撃魔術は、宝石剣の一撃に匹敵する。

 だが、アンリ・マユよ。いまさら言っても詮無きことだが、なにも遠坂凛の『うっかり』まで模写しなくともいいのではないだろうか?

「――――え!?」

 戸惑いの声を上げたのは左手を翳す凛か、その射程に身体を曝しながら間合いに飛び込もうとする士郎か。おそらく、両方だ。

「魔術刻印が、励起してない!?」

 彼女の左腕にある、彼女の魔術刻印が、それまで淡い翠に輝いていたソレが、突如として沈黙した。
 よもや、遠坂家累代の至宝が、彼女を裏切ったのだろうか? いや、違う。刻印は、正しく、『遠坂凛』に従った。





 わたしを、なめるんじゃないわよーーーーーー!!! 






 唐突に、彼女の中に響く声。その声に、ありえないとアンリ・マユが眼を剥く。そして発動しない魔術と、彼女の驚愕の表情の理由を士郎は確かにくみ取った。

「さすがは、“遠坂”だ。じゃあキツイのいくから、歯を食い縛れ!」
「―――――!!」

 アンリ・マユが、咄嗟に身体に宿る功夫を頼りに右腕を振るおうとするが到底間に合うわけがない。既に士郎は、必殺の間合に飛び込んでいる。

「これで終わりだ、アンリマユ!」

 そして瞬時に、士郎は左手の剣を、歪な短剣と入れ替えた。もとより彼は右半身と引き換えにこれを彼女に突き刺すつもりだったのだ。そこに、僅かなタイムラグも起こりはしない。




ルール・ブレイカー
破戒すべき全ての符





 短剣を、桜を介してアンリ・マユと繋がった遠坂の身体に突き刺す。
 稀代の魔女がそのシンボルとして持つ破戒の宝具によって、凛の身体に染みこんでいた黒い魔力が、彼女の身体から抜け霧散する。


「まったく、遅いのよ、士郎」


 一瞬うなだれて、再び顔を上げた遠坂は、そう言って士郎の腕の中に倒れ込む。その髪と瞳は、もとの色を取り戻していた。
 現実に押し流されて砕け散り、世界へと帰還する固有結界の中で、士郎はその腕の中に大切なものを取り戻したのだ。

「これで、セイバーと遠坂は大丈夫だ。あとは……待ってろよ、桜。必ず助けだすから」

 士郎は最愛のひとを腕に抱き、眼を瞑って誓いを紡ぐ。
 己が見逃し続けた罪を雪ぐ、そんな後ろ向きな理由ではない。運命に翻弄されたかつての後輩を、彼女が望んでいる平穏に彼女を帰還させるために。


 その決意が、願いがある限り、彼は負けはしない。
 だからこれ以上は、語る必要も無いだろう。


 士郎は遠坂が何とか戦える程度に回復するまで彼女を支え続け、駆けつけたバゼットとその彼女と契約したセイバーを伴って、円蔵山の深くで起動する大聖杯のものとへ馳せ参じる。
 宝石剣とエクスカリバー、フラガラックと投影魔術によって黒い影は殲滅され、遠坂と同じように桜にもルール・ブレイカーが突き立てられてアンリ・マユからその身体を開放される。大聖杯は相乗する白と黄金の光によって破壊され、全ての事象が終了した。
 地脈や動植物への被害は大きいが、幸いにして冬木市での生命力の枯渇による死者はゼロ。重症の者も、一ヵ月もすれば日常に戻れるだろう。
 セカンドオーナーである遠坂凛は此度の事態を間桐桜ではなく間桐臓硯によるものだと断定し、これを排除したと魔術協会に報告。一種の礼装として操られていた間桐桜を生家である遠坂家に戻すという形で確保したということを付け加えた。

 失ったものは大きく、得たものはない。
 けれど取り返したものはかけがえの無いもので、彼らは再び日常に戻ることができた。願わくは、彼らの後の人生が、穏やかなものであるように。
 まぁその中心に遠坂凛が居る以上、幸多くとも騒がしいことになるのは目に見えているのだが、それはそれとして。

 





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【Act】第二話:Determination/ここより反撃を



 一合ごとに、身体を削られる。
 指が飛び、肩から袈裟に切り裂かれる。
 手首から先が無くなり、鎖骨を分断され、頭蓋を砕かれる。
 剣は露と消え、肉をそぎ落とされて大腿骨が露出する。
 脊髄に刃が透り、眼球を分断された。

 およそ、戦いにすらならない。それは当然のこと。
 特化型とはいえただの魔術師と、成した偉業によって英雄として祀り上げられた騎士王。彼我の戦力差は歴然であるのだ。
 黒く染まった彼女の中に『情け』という感情など消え去り、彼の異能を目にした彼女の心から遠慮は消え去った。

 紅く染まった視界で胸に突き立つ剣を捕らえ、バチンと意識が切れると同時に覚醒。
 セイバーの左の抜き手が腹膜を貫いて小腸を引きずり出す。
 突き刺さる前蹴りは胃を肺に衝突させ、続く斬撃が気管を断って呼吸を絶つ。
 血飛沫が宙を舞い、腕が地面を転がって同時に脚が身体と離別する。

 もう幾度斬られたか、士郎には数え切れない。意識を失ったまま微塵に切り裂かれたこともあるだろう。しかしそれでも彼は立ち上がる。
 この闘争はもとよりそういうもの。故に勝ち目はそこにある。
 立ち上がり続ければいつかは勝つ、とは誰の言葉だったか。
 立って、そして戦えとは誰の言葉だったか。
 彼は目の前の騎士の心を折るために立ち上がり続け、あながい続け、身を裂かれ続ける。

 ばつん。首が飛んだ。
 そして首から上を失った身体は地面へと吸い込まれ、それを首だけになった自分が眺めている。
 ごろん、ごろん。二度ほど転がって、意識がもう何度目かわからない死に呑まれた。





Act Out Inverted Spirit

第二話
Determination
/ここより反撃を





「はっ、はっ、はっ……」

 四時間近い戦闘が終わった。
 絶え間ない剣戟の音が騒ぎにならなかったのは、皮肉にも間桐臓硯が残した仕掛け―――近隣住民すべてを巻き込む強力な催眠魔術の効果だった。夜明けまであと二時間少々、それまでこの周辺の住民が目覚めることはないだろう。

「……俺の、勝ちだ」

 セイバーの胸には、歪な短剣が突き立っている。その剣の銘は『ルール・ブレイカー[破戒すべき全ての符]
 三年前の聖杯戦争にて、セイバーを彼から奪ったキャスターの宝具である。コルキスの王女であり、裏切りの魔女と蔑まれた彼女のあり方そのもののように、彼 女の短剣は全ての魔術的な繋がりを裏切る。魔術的効果によって括られたすべてを破壊し元の状態に戻す、それがこの短剣の本質だった。

「見事です、士郎。貴方は言葉通り、わたしを殺すことなく退けた」

 セイバーは胸に突きたった剣を見、ついで士郎の貌に視線を移す。アンリマユとの繋がりはルール・ブレイカーによって断ち切った、それは同時に凛とのライン の消失を意味する。彼女もそれはわかっているため即座に纏う鎧を解除。支えるだけで膨大な魔力を消費する聖剣も消し去った。だがそれでも、急激に増した内 存魔力の消失によって、セイバーの意識は一気に白く濁る。

「行きなさい、士郎。凛は、柳洞寺の地下に―――――

 そう言い残し、セイバーは無言のまま直立するシロウの腕の中に倒れこんだ。


----------

「う……」

 セイバーが闇の中から帰還する。

「ああ、よかった。目が覚めたか、セイバー」

 そこには、穏やかに微笑む士郎の姿があった。彼の左手には濡れたタオルが握られ、場所も庭ではなく彼女の部屋に移動している。
「ッ! 士郎、なぜここにいるのです!!」
「何故って、意識を失ったままのセイバーを頬って置くわけにはいかないだろう」
  士郎が起き上がろうとするセイバーを優しく制し、再び布団に寝かせた。セイバーは所詮使い魔。魔力源である主を失った以上、彼女の中の魔力は緩やかに減少 し、尽きればこの世から消失する。それは膨大な内在魔力もち、さらにそれも以って新たな魔力を生み出す魔力炉心ともいえるモノをもつセイバーとてそれは同 じである。
「マスターである凛との繋がりを失った以上、わたしはいずれ消滅する。そんなわたしに構わずに凛を!」
「馬鹿、そんなこと出来るか!!」
 セイバーの、生存を諦めるかのような発言に士郎が激昂する。そんなことは認められないと。
「セイバーは家族だ。だから……消えるなんて言わないで欲しい」
「けれど、凛は桜に囚われた。貴方にわたしを支えるだけの魔力はないし、支えられるだけの魔力を持つルヴィアやバゼットは倫敦にいます。なにより、わたしに魔力を送ってしまえば貴方は一歩も動けなくなる」
「いや、それがさ……」

 そうして士郎が口にしたのは、よくその人物の性格を考えてみれば当然のこと。
「バゼットさん、結局あのあと日本に来ていたみたいなんだ。さっき電話がかかってきて、こっちの事情を話したらすぐ飛んできてくれるらしいよ」
 いくら来るなと言っても、直情型猪突猛進癖の彼女が数少ない友人である凛や士郎、セイバーをほおって置けるはずがないのだから。彼女は空港でのひと悶着から数時間。一度は空港を後にしたが結局舞い戻り、フロントに詰め寄って無理やり日本に入国したのだった。

「そうですか、しかしそれでは士郎は彼女が到着するまで凛の元へ攻め込むのを待つつもりなのですか?」
「――――いや……」
 ぐ、と士郎は右手で左腕を強く掴んだ。その身体は震えている。その視草を見て、セイバーは悟った。彼の身体は意識をなくした自分に付き添っていたが、ここ ろはとうに凛の下へと駆け出しているのだと。心(願望)と身体(現実)が相反する状態にあり、その原因が自分にあるのだと。
 ならば自分の役目は、


「まったく。貴方はいつもならば心のままに駆け出すのに、なぜ今は我慢しているのですか?
 行って下さい、シロウ。マスターを、リンをお願いします。わたしもバゼットと合流したら、すぐに向かいますから」


 その原因を、断ち切ることなのだろう。
 視線を交し合うこと数秒。士郎は「わかった」と短く告げ、部屋を後にする。床を蹴る様に駆け出し、遠ざかる足跡を少し寂しく感じながら、セイバーは再び彼と肩を並べるために、黄金から翡翠にもどりつつある瞳を閉じた。



----------



「遅かったじゃない。待ちくたびれたわよ。士郎」

 ここしばらく、家主の居ない衛宮家の倉庫で埃をかぶっていたビアンキを引っ張り出し、逸る気持ちそのままにペダルをこいた士郎は、普段の半分ほど時間で円蔵山の麓にたどり着く。その中腹にある柳洞寺へと続く石段の脇にビアンキを置き去りにして、石段を駆け上がる彼に、最上段の山門よりかけられた声の主は彼の見知った姿ではなかった。


 ―――予想通り、ではあったが


 かつて烏の濡れ羽のように美しく、艶やかだった髪は白骨を思わせる無機質な白へと変じ、美しい翠だった瞳は毒々しい紅濁に染まっている。彼女のトレードマークである赤いコートの下に在る黒と紅のストライプ模様は、士郎でもそれがアンリマユの呪祖の塊であると看破できた。
「くす。なにその顔。まるで私を殺したいみたいじゃない」
 敵意、いや殺意を隠すことなく向けてくる士郎に、凛はいつもの勝気な笑みを浮かべる。その形は確かに凛のものだったが、そこに込められたモノは、紛れも無く嘲りだった。それはかつての誇り高い少女のものでは決してない。だから、
「遠坂……いや、やっぱりそうなんだな、凛」
「何がかしら?」
 身を翻し、その山門を潜ろうとした凛は、士郎の声に振り返る。
「君は、俺の知っている遠坂ではないってことさ。だから凛、君は、ここで―――消す」
 士郎は頑とした決意と態度を以って、自らの意思を口にした。
「ふ~ん、消す、か。できるの? 聖杯戦争の時には、敵ですら殺すなと言った、貴方に」
「ああ。それしか、遠坂を解放する手段がないのなら」
「そう、なら、戦うしかないわね」
 そう言って、彼女は山門を潜り、士郎もそれを追う。
 柳洞寺の境内。
 かつてキャスターが工房を構え、英雄王ギルガメッシュと雌雄を決した場所で、士郎は凛と対峙した。ここの地下深くで着々と力を蓄える桜を止める為に、まずは目の前の凛を退ける必要がある。
「最後に訊いてあげる。士郎、私たちに協力する気はないの?
 貴方がどうやって『黒い魔力』から逃れたかは知らないけど、もうラインは閉じた。セイバーのときみたいに、私から無尽蔵の魔力を吸い出すことは出来ないわよ」
「わかっている。けど、君に協力することは出来ない。俺は遠坂を救い出す」
 いま、士郎が目の前に居る。目の前の士郎の意思とは関係なく。彼女にとってはこの事実だけが重要だった。愛する妹、桜のためにも。

「そう、わかったわ。じゃあ、死になさい! 士郎!!」

 自制しようとしても仕切れない、もはや言葉は要らぬと、昂ぶった声で凛は宣戦布告する。

.        開  、        
Es last frei. Werkzug――――!!」

 同時に降りぬかれた、おそらく刃物としては機能しないであろう形状の短剣から黒い光が迸った。その光に、込める物は責任感。いまこの瞬間に、桜に対抗できる存在はなぜか束縛を逃れた衛宮士郎以外にはいない。
 彼ならば桜を止められる。彼にならば桜の狂気を止められてしまう。それは、少し、困る。


 トレース オン        ロー・アイアス
投影、開始 ―――― 熾天覆う七つの円環」


 リンの右手の礼装から放たれた光が、士郎の展開した五枚の花弁にぶち当たる。
 魔術師として生きてきたこれまで人生。冬木での十数年。魔術協会の総本山である時計塔での三年間。そのひとつの成果が、彼女の右手に握られている。


 宝石剣キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ
  魔道元帥の尊名をそのまま冠する究極の一たる魔術礼装。凛が右手に握るのはその模造品。遠坂家の頭首遠坂凛として、幸運にも彼女は己の系譜の大師たる魔道 元帥との謁見を果たす。彼女は遠坂の家に彼が残した宿題の中間報告を告げ、それの満足した魔道元帥は彼女とその弟子に自らの魔術礼装を数日間だけ貸し与えた。
 これで、全部揃ったと凛は心の中で歓声をあげた。魔術の知識は彼女自身が、製作に必要な材料は士郎の能力があれば揃う。周りの魔術師や協会に気づかれた際の対抗手段として剣の英霊であるセイバーを有し、最後に魔法の体現たる、宝石剣の現物。
 不眠不休の数日間を経て、彼女は終に、ほんの小指の先ほどだが魔法に手をかけた。彼女の右手の宝石剣はその結果なのだ。


 凛のもつ宝石剣の放つ光の暴力に、士郎の異能によって編まれた花弁が一枚、また一枚と屈していく。泥によって、変性した彼女の愛情は、桜のために目の前の士郎を殺すという決断を下していた。これから世界を滅ぼす彼女に、こんな男にかまけている暇などないのだ。
 確かに悲しい。彼は私の、その、夫になるかもしれない人だった。でも、すべては桜のため。ずっとほったらかしにして、その苦悩のほんの僅かも汲み取れなかった自分への、これは罰なんだ。



 ――――だから、安心しなさい、桜。貴女を害するものは、姉である私が全て排除してあげるから。



「くっーーー……」
 士郎の口から苦悶の声が漏れる。それはそうだろう。柳洞寺の裏にあるこの池は聖杯の出現場所にも選ばれた事のある場所。そんな場所の魔力を礼装でかき集めて、身に宿る黒い魔力に上乗せして撃ち放っているのだ。その一撃は、かつてのキャスターの魔力弾をも超えている。


.             接続、開放、     大斬撃
「次っ! Eine, Zwei, RandVerschwinden――――!!」


  その魔力の黒光を、さらに重ねる。既にここにあった魔力は、先程の一撃で底をついた筈が、それを凛に問えば「それがどうした」と答えるだろう。無いなら ば、他から持ってくればいいだけの話。それが魔術師というものだ。それを可能にするものこそ、彼女の右手に握られる礼装。宝石剣ゼルレッチ。この剣こそ、 遠坂家に残された『魔法使いの宿題』の答え。世界にほんの小さな孔を空け、そこから此処ではない『この場所』の魔力を汲み上げる、第二魔法の片鱗である。

 せまる二射目の黒光を、流石に拙いと判断した士郎はアイアスの護りを放棄して左に飛ぶ。同時にその手には黒白の双剣が握られていた。
「はぁ? そんなモノで、わたしを倒せるとで、もっ!」
 士郎が転がる先に凛は左手を向け、同時に発射される複数の魔弾。ワイアット・アープも真っ青なクイックドロウで撃ち出されるガンドと呼ばれる魔術が、士郎を襲った。
 もっとも、伝説のガンマンと比肩するには、彼女の狙いは少々いやかなり甘すぎるのだが。
「あいかわらず、狙いが甘いな」
 士郎は迫り来るガンドを避け、あるいは双剣で弾いて防御する。そうしながら、ジリジリと、しかし着実に凛との間合いを詰めていった。
「うるさい! なめるんじゃないわよ!!」
 苛立つ声とともに、凛の左手からガンドとは別の物が放り投げられ、士郎との間の空間に放物線を描く。それは小粒のトパーズ。一瞬でその危険性を悟り、直進を強引に捻じ曲げて真横に跳ぶのとトパーズが弾けるのは同時だった。
「まだまだぁ!」
 凛はさらに、無理な制動でバランスを崩した士郎の左右にルビーを放り投げる。それが紅蓮の炎を迸らせる刹那、
「この――――」
  士郎は両手に持った双剣をルビーに叩きつける。黒と白の剣によって制御を失った宝石は内なる魔力を魔力のまま開放しつつも崩壊する。しかしそれでも、凛が 込めた魔力は士郎の両腕をズタボロにするのは十分な威力を秘めていた。腕を奔る痛みに、一瞬顔をしかめる士郎。その隙を見逃すほど、凛は甘くない。


.   接続、 開放、     大斬撃
Eine, Zwei, RandVerschwinden――――!!」


 凛はみぞおちの高さで、左から右に地面と水平に宝石剣を降りぬく。地面から1メートル弱の高さを水平に奔る光の刃。左右を爆発の炎で遮られた士郎に、避け る場所はもう一箇所しか存在しない。はたして彼はその場所……黒光の真上に身を滑り込ませるべく、両足に力を込めて跳躍。同時に、

 トレース オン
投影、開始

 聖堂教会の概念武装、黒鍵を投影した。もともと投擲を目的とするこの剣ならば弾道は安定する。弓道の要領で射出角を合わせる。狙いは彼女の持つ宝石剣のみ。かつてあの赤い弓兵が用いた技法を、彼は少しずつだが習得しつつあった。

「――――中る!」
「かかったわね、士郎」

 的中する像を脳内に描き、今まさに放たんとした士郎に、凛の冷ややかな視線が浴びせられる。見れば、彼女は振りぬいた動作でそのまま脇を絞めて、宝石剣の切っ先を士郎に向ける形で静止し力と魔力を溜め込んでいる。



「わたしの研究成果、とくと味わいなさい!!」



 声と共に、宝石剣が振られる。それはこれまでのような大振りではなく、彼女の身に付けた拳法の型のごとく、鋭敏に。




.   接 続、  流 転、 重 層、   三   
Wandel, Multi, Zwei, MieVerschwinden――――!!!」




 魔力で満たされ、七色に輝く宝石剣が中空を舞う。その軌跡は、何故か一定せず…………

「    ッ!!」

 矢を番えていた士郎の眼が驚きで見開かれる。それはそうだろう。彼の目の前には、三つの光の刃が“ ”に発生しているのだから。


 キシュア・ゼルレッチ【多重次元屈折現象】
 これもまた遠坂の大師父、魔法使いキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの名前をそのまま与えられた事象。右手に握った宝石剣から放たれる白色の斬光の、軌道一本につき一本の斬光という理を逆手に取り、平行世界を重ね合わせて、別々の軌道を全くの同時に生み出す絶技。
 魔力をもって振りぬかれた宝石剣の軌道が三本あるならば、斬光もまた三本在るべきであり、結果として在り得ない三方向同時斬撃という奇跡が起こる。



 いま士郎の前に出現したのは、彼の腰と胸を左右から狙う薙ぎ払いと、その正中線を真っ直ぐ狙い迫る唐竹。前後左右は無論、彼の体格を考えれば、斜め方向にも逃げ場はない。そもそも、宙に居る彼に方向転換をする術はなく――――


 ザク……


 三つの筈の裂く音は、空恐ろしいほど見事に唱和した。
 ぼとり、と肉が地面に落ちる音。それは切り分けられた士郎の身体だった。ほどなく、紅を足元の白い玉砂利が吸い、その色を赤黒く変えた。
「ずいぶんとあっけなかったわね、士郎。これで邪魔者はいなくなったわ」
 凛は艶やかに髪をあげ、しかし冷たい声でそう、物言わぬ肉の塊に語りかける。その頬を伝うのは、僅かな涙。それを以って、凛は士郎への愛情を心よりそぎ落とす。これで、いい。すべては■である桜の為に。



 そうして、肉体を失った魂は消滅し、『世界』は彼の死を認識する……ハズだった。


――――ッ!!」

 凛の表情が見る見るうちに驚愕の色に染まる。目の前で展開するおぞましい現象を理解できないと脳が悲鳴をあげる。分割された筈の衛宮士朗の身体が、魔力の発露を伴いながら、ずぶりずぶりと再生されていく。


.                                                 、開  、        大  
「うそ……クッ!! Eine, Zwei, RandVerschwinden――――!!


 呆けた自分を叱責するように喉を鳴らし、蛭蟲のような動きを見せる士郎の死体めがけて全力で宝石剣を振りぬき、地面ごとその肉を吹き飛ばす。
 もはや百を越える肉片と化したモノが放物線の先にあった地面に落ち、そこを紅に染め上げた。もはやそれは肉塊ですらない。原型など留めていないのに、それでもそれらは再生していく。凝集した肉片は着実にカタチを成していく。

「………ッ!!」

 なのに、そこに魔力の流れは欠片も感じない。そのあまりの不可解さに、これまでとは全く別物の寒気を感じた。

「なによ、どうなってんのよ!!」

 止まらぬ震えがカチカチと歯を鳴らすのを拒むように、ひときわ大きな声を張り上げる。そうしている間にも着実に士郎の肉体は再生を続ける。



「世界修正による不死化だよ、たぶんね」



 凛の問いに答えたのは、先程まで確かに死体だった――――いや今も身体の大半を失ったままの士郎だ。

「ほら、いつだったか教えてくれただろ、教会の『弓』って代行者のこと」
「…………」

 士郎は穏やかな声で、己の推測を凛に告げる。聖堂教会、埋葬機関第七位『弓』のシエル。彼女が手にしたという異能に、己もまた手をかけたと。

「そりゃ、俺だって信じられなかった。けどセイバーと戦う中で何度も実感したし、自分自身の解析もしてみた。
 だから解ってしまったんだ。『世界』は、決して俺の死を認めない。そんな馬鹿げた現象を引き起こすものに、心当たり、あるだろ?」

 士郎が凛にむける視線は何処までも空虚だった。彼の、白く染まった髪のように。

「――――ぁ……」

 凛の脳裏に、士郎が偶然に発見したある宝具の姿がありありと浮かぶ。それは彼女の従えるセイバーことアルトリアが生前失った物であり、幼少のころ衛宮士郎 の命を救った物でもある。発見した当初、士郎はセイバーに返そうとしたがセイバーは「ずっと傍らにいるのだから」といってやんわりとこれを拒否し、今もな お、それは彼の体内にあった。
「……まさか、エクスかリバーの、鞘?」
「たぶん、ね」
 そして、その推測は正しい。此度の彼の異能は、聖剣の鞘―――アヴァロンという宝具によって引き起こされたものである。この宝具は、本来は使用者の身体を一時的に妖精郷に避難させて、魔法を含む第六次元まで干渉をシャットアウトするという途方も無い代物。よって、この宝具 の護りがある限りその者はこの世界とは次元を隔てた別の場所にあるとされるために、この世界に存在するあらゆる手段での干渉を受け付けないということである。そう、本来は。


-----


 アヴァロン【全て遠き理想郷】の誤作動
 黒い魔力が彼を侵食 する最中に、本来の持ち主であるセイバーが士郎の身体に触れていたことが致命的だった。アヴァロンは黒い魔力を障害と判断し、持ち主を隔離すべく発動。だ が発動した場所は士郎の体内であり、そのときには既に、士郎の身体は黒い魔力に犯されていた。そこでアヴァロンは、まだ犯されていなかった彼の魂だけを隔 離した。だがいくら魂が妖精郷へとシフトしたとはいえ、そこにあるの内側にあるというのは事実。そうでなければこの世界のモノが突然に消失したこと となり、この現象が『魔法』ではない以上、それ自体が秩序修正の対象となる。故に、この論は正しいといえる。
 そして、黒い魔力に犯された士郎の身体を障害とみなし、今もなお発動中である。つまり士郎の魂は決して干渉できない場所に在り、たとえ肉体が消滅しても魂に一切の影響はなく、消失も変動もしない。



世界には大原則というモノが存在する


其は曰く
『魂は単体では物質界に存在できず、そのための器として肉体があり、魂が消滅したとき精神は霧散し肉体は死する』



 しかしもし、その魂が肉体が死んだにも関わらず消失しなかったら?
 かつてエレイシアという少女で、此度の士郎と似た現象が起こった。『アカシャの蛇』という、無限に転生する技能を身につけた魂を内包して生まれた彼女は、敵対する存在に殺された。当然のように『アカシャの蛇』は次の肉体へと転生したが、ここで思わぬバグが起こる。
 エレイシアの身体が持つ生命力が余りに強かったために、数年後、彼女は蘇生する。その時には既に、ロアは転生を終えて現世に帰還していた。この状態で、エレイシアが死ぬとどうなるのか?



 ―――その事例では、エレイシアの魂……つまり『アカシャの蛇』は消滅していない。だがエレイシアは死んだ。これは上記の理と矛盾する。
 ―――この事例では、士郎の魂はアヴァロンによって匿われたために絶対に消滅しない。だが士郎は死んだ。これは上記の理と矛盾する。



 よって世界はその矛盾を修正する最も効率の良い方法として、その器を再生する。この秩序回復による無限蘇生こそが、衛宮士郎の肉体を再生させるおぞましき異能の正体である。
 それは魂の在り処こそ違うものの、結果はエレイシア……つまり現埋葬機関第七位『弓』のシエルと同じ現象である。後で考えれば、この現象は『抑止力』の具現だったのかもしれない。現在の世界の延長を目的とする力。集合無意識によって作られた安全装置が起動した結果、このような埒外の事象が起こったと考えることも出来るのだ。


-----


――――ッ、なんて、デタラメ」

 凛はゴクリと喉を鳴らす。仮に、彼の魂が本当に妖精郷にあるとしたら、それは絶望的なほどタチが悪い。
 そんなもの、どうやっても殺せないのだから。

「ああ、確かにデタラメだ。けど、この身体は死なないってだけで、痛みは普通に感じるんだ。だから……」
「そう、なら……」


「気が狂うまで殺し続ければ、私の勝ちね」
「気が狂うまで殺し続ければ、君の勝ちだよ」


 二人の声は、申し合わせたかのように重なる。二人はそれぞれの武装を十全に構え、お互いに確たる戦意を宿した視線を交錯させる。


「でも、その前に俺の剣が届けば、俺の勝ちだ」


 二人の意思が、爆ぜる。





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 Next……
第三話:Deceit/真実



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【Act】Abstract/狂宴への誘い


 聖杯戦争から二ヶ月が経ったある日。
 研究用の資材がすぐに必要になって一旦家に戻ったわたしは、微かな魔力を感知して家よりももう少し上にある、林の中に佇む洋館に脚を伸ばした。
「おっかしいわね、この洋館は使われてないはずなんだけど……」
 あの時の時刻、午前二時。つまりわたしが最も好調な時間。
「リン。この建物は?」
「え? ああ、第三回聖杯戦争の時に、エーデルフェルトって魔術師が建てた洋館よ。
 もう使わなくなったからって、魔術協会に寄贈したの。だからこの冬木の管理者であるわたしには、この洋館を管理する義務があるのよ」
 隣にいるわたしのサーヴァント……セイバーにそう説明する。彼女は、聖杯戦争のあともわたしの使い魔として現界し続けることを選んでくれたのだった。


 その洋館の中を散策すること、数分。


 「リン、人です。人が隠されていました!」
 血まみれのカーペットを見つけたわたしたちは、何かあると踏んで屋敷内を散策した結果、隠し部屋に押し込められていた女性を発見する。
 その女性の名前はバゼット・フラガ・マクレミッツ。
 魔術協会が派遣し、ランサーの元マスターで、綺礼に左腕を落とされた封印指定の執行者だった。当然、わたしたちは彼女を救出して、そのお礼に貰った札束と宝石を見たときはもう……と、話が逸れたわね。
 ともかく、彼女は聖杯戦争のあらましをわたしから聞くと―――かなり落ち込んだものの―――協会に報告する為に、傷が癒えたら倫敦に帰っていった。
  その一年後にわたしも倫敦に渡ったから、彼女とわたしは友人として中々にエキセントリックでバイオレンスな日々を送ることになる。だって魔術の資材を狩り に行くのに士郎だけじゃ心もとないし、封印指定の魔術師の研究成果なんてそれこそどんな宝石よりも価値があるものだし、それに中身はけっこう可愛かった し……って、また話が逸れたわね。


 ああ、とにかく


 こんなふうになってしまった今なら解る。あの時、彼女を救出してしまったのが、そもそもの原因なんだって。




Act Out Inverted Spirit

第一話
Abstract
/狂宴への誘い




 多数の被害を出した第五次聖杯戦争から三年後。何の前触れも無く、突然に冬木の霊脈が活性化した。
 もしや第六次聖杯戦争の勃発かと思われたその現象は、その後の調査でたった一人の魔術師によって無理やりに引き起こされたものだったと判明する。
 その魔術師の名は間桐桜
 彼女は師である間桐臓硯によって、かつてアインツベルンが引き当ててしまった禁断のサーヴァント、アンリ・マユ[この世すべての悪]の悪性をその身に孕まされた魔女と成り果てていたのだ。


『冬木のセカンドオーナーとして、堕ちた魔術師、間桐桜を封印せよ』


 そんな命令が、魔術協会から冬木の管理者である凛に下されるのに、そう時間はかからなかった。
 だが、その指令が管理者の下に届く事はなかった。間桐桜は養子に出され姓こそ違うものの、紛れも無く遠坂凛の実の妹。堕ちたかもしれない、そう耳にした瞬間に、彼女は動き出していたの。妹を、呪いから解き放つ為に。そして管理者として、堕ちた魔術師を処分する為に。
 凛は恋人の衛宮士郎、第五次から残留するセイバーとともに、催促の手順で万全の準備と策略を整え、留学先の倫敦からこの冬木に舞い戻った。

「しまっ―――――」

 だが凛は最後の最後で、致命的なミスを犯した。いや最後の最後で、熟練の魔術師である臓硯の老獪な手腕に屈したというべきか。

「ごめん、士郎。ドジっちゃった。だから………」

 彼女はあと一歩で桜を救えるというところで、身に宿す魔力の実に数十倍という多量の『黒い魔力』を流し込まれた。必死の抵抗も虚しく、彼女の身体の魔力は『黒い魔力』に置換され、隅々まで染み込み、侵し、汚しぬかれた。その魔力は刹那の間をおいて、それはラインを通り、間桐臓硯の操る戦闘蟲の相手をしていた衛宮士郎、セイバー両名に到達。その身を蹂躙することとなるのだった。



----------



 衛宮家の広い庭の中央に、2つの人影と2つの異形があった。桜の招きに応じてひとり先行した凛を追うべくここを出立する直前、機先を制される形で、彼らは 間桐臓硯による奇襲をうけたのだった。臓硯は柳洞寺にて姉を待ち受ける桜をとして完成させるために、まずはこの衛宮の小倅を血祭りにあげんと、己が 秘術の粋を集めて創造した数々の醜悪な戦闘蟲を彼にけしかけたのだった。
 だが、そう上手くはいかなかた。なぜなら、士郎の隣には、聖杯戦争において最優のクラスたるセイバーに座る少女が、セイバーのクラスにおいてなお最高峰の力を誇るアーサー王そのひとがついているのだから。
 彼女の操る、風の鞘に纏われた黄金の聖剣は蟲の固い外皮を切り裂き、士郎が投影して両手に握る黒白の夫婦剣、干将・莫耶が矢継ぎ早に襲い掛かる蟲たちを片っ端から斬り落していった。残るのは、全長4メートル近い、醜悪な魔物じみた蟲のみ。
――――――っ!!」
 あと一手、これで終わりだ。そう士郎が確信した瞬間だった。
 彼の身体へと、突如として恐るべき量の『黒い魔力』がラインを通じて流しこまれた。その量は彼のキャパシティを軽々と超え、過剰投与に晒された精神は汚染され、暗転する。その刹那、

「ごめん、士郎。ドジっちゃった。だから………」

 ラインにのって彼に届いた声は、彼の最愛の人の願い。それを最後に、彼の意識は闇に没する。彼女願いは、確かに彼に届いた。しかしそのタイミングがあまりにも悪い。
  気絶した彼が立っていた場所は、決めの一手を放つための場所。大きく顎を開く蟲の真正面である。彼は固い外皮を持つ蟲への決定打として、外皮ではなく粘膜 で覆われている口内から蟲の中枢神経を破壊するという手段を選んでいた。そんな場所で意識を失った彼の身体は、数秒後には蟲の口に乱れ生える歪な牙によって無残に引き裂かれるだろう。

「シロウ――――!!」

 それを察したセイバーの声が、庭に響く。
 牙よりも僅かに速く彼を抱きすくめたセイバーは、その顎に自身の背中を晒す。いくら銀のプレートメイルを纏っているとはいえ、その硬度を蟲の牙が凌ぐなら、それは無力である。牙は鎧を貫き、ぞぶり、と不快な音を伴って少女の柔肌を食い破る。牙を鮮血が紅く濡らした。
  普段の彼女ならば他のやり方も―――その身に宿す剣の技によって彼に迫る蟲の顎を斬り飛ばすくらいは出来たはずだった。聖杯からの供給が無く、いくら魔力 が不足しているとはいえたった一動作くらいならば、彼女は十分に英霊たる力を行使できる。聖杯の供給する魔力量には遠く及ばずとも、彼女のマスターである 凛もまた、非常に優秀な魔術師なのだから。

 だが、この時ばかりは事情が違った。
 士郎と同じく、凛とのラインを通じて流し込ま れた膨大な『黒い魔力』は彼女にアルコールによる酩酊にも似た感覚をもたらす。彼女自身の魔力貯蔵可能量が膨大であるために彼のように一瞬で意識を断たれ る事こそなかったが、注がれた魔力は彼女の器を数秒で満たし、溢れ出す魔力に彼女の感覚は鈍化した。

 身体はひどく重いと感じる。
 同時に沸き上がるこの衝動はなんなのか。
 グルグルと思考は瞑想し、目の前の現実が霞む。

 だがそんな状態でもセイバーは、目の前の士郎を護らんと行動する。その結果が、背中に深々と突き刺さる蟲の牙だった。


「カカカ、あっけないのう」


 ぐず。さらに牙を押し込む蟲を眺めながら、その蟲の主である臓硯が嗤う。先ほどまでの劣勢を覆し、無数の皺の刻まれた貌で歪に嗤う。

 衛宮の小倅とセイバーに現れた突然の異変、その原因はおそらくは桜が凛を討ったことにあるのだろう。いや、あるいは『取り込んだ』のかもしれない。そう思 うと再び嗤いがこみ上げる。カカカ、ギリギリだが間に合った。もはやこうなれば、このような崩れかけの身体に用は無い。即座に桜の身体を奪い取り、悪性に 染まったした遠坂の小娘を従えようではないか。これなら、これなら叶う。我が――――



「調子に乗るな、下郎」



 本当に唐突に、蟲の悲鳴が闇夜を切り裂いた。
 その声で陶酔から現実にかえった臓硯が声の元に視線を向けると、そこには確かに、先ほどと代わらず蟲の口内に捕らえられる騎士の姿があった。

 ―――だが待て、違う。
 そこに居たのはかつての気高き剣の騎士ではなく、くすんだ金髪に病的なまでの白い肌。闇のごとく黒い鎧を纏い、輝く栄光の剣を黒で染め上げた魔剣士だっ た。彼女は左手で士郎を抱えたまま、牙が自身の身を抉る痛みを無視し、鋭く変形した右手の手甲で蟲の口内の粘膜を貫く。


「爆ぜよ、汚濁が――――」


 さらに、セイバーの蟲に埋まったままの右腕を覆うように風が渦が巻く。風刃は肉を削りながら徐々に彼女の腕に集まり、

ストライク・エア!
風王鉄槌!


 その右手から、吹き荒れる破風を撃ち放った。身体の内部に向かって凝縮し、渦となって蟲の貌を切り刻み、射出された破城槌は蟲の頭蓋ごとその脳髄を粉微塵に吹き飛ばす。
 一瞬にして覆った戦況。
 理解を脳が拒み、一瞬だが臓硯は自己を見失う。彼が自失から立ち直り、再び目の前の現実と向き合ったとき、その身体は袈裟に切り裂かれふたつになっていた。
  己を拘束していた蟲を討ち殺したセイバーは、抱えていた士郎を冷たい地面に放り出すと、そのまま一足飛びで臓硯に肉薄。一切の仮借なく振り下ろされた黒い 聖剣が彼の腐肉を捉え、両断する。次の瞬間には剣に込められた膨大な魔力が臓硯の身体で爆発し、彼の身体は原型を留めぬほどに徹底的に破壊された。







Interlude…
 

「無様ね、間桐臓硯」
 仮初の肉を失い、彼の意識が桜の心臓に忍ばせた本体へと返る。そこで彼が――耳などは無いので感覚的にだが――聞いたのは、恐ろしく冷たい遠坂凛の声であり、
「さようなら、お爺さま」
 己が寄生する間桐桜の声だった。
 その言葉に臓硯は激昂するが、もう遅い。即座に宿主の脳へと向かう小さな蟲が次に感じた感触は移動するために掻き分ける少女の柔らかい肉ではなく、己を貫く冷たい鋼の刃だった。

「大当たり。死になさい―――läßt

  凛が、桜の胸に突き立てたアゾット剣に込めた魔力を開放する。魔力は光刃となって周囲の組織ごと間桐臓硯の本体である脳虫を消しとばし、消滅させ桜の背中 へと抜ける。ここに、間桐臓硯の五百年に及ぶ妄執は断たれた。彼の積み重ねた五百の年月と幾多の犠牲は、彼自身が造り上げてしまった二人のバケモノによっ て否定され、消え去ったのである。

 その一方で心臓、肺の一部、脊髄を失ってなお間桐桜は健在だった。
 大聖杯の中で淀むアンリ マユと繋がった桜に流れ込む膨大な魔力は、彼女の意思とは無関係に彼女の身体をたちまちのうちに修復し、凛の無慈悲な一撃から彼女を救ったのだ。もっと も、それが解っていたからこそ凛は桜にアゾット剣を突き立て、桜をあの怪老から解き放つべく魔力を開放したのだが。
「終わったわよ。気分はどう、桜」
「はい、遠坂先輩。最高とはいいませんが、とてもいい気分です」
「そう、よかった。じゃあそろそろ行きましょう? 私たちの目的を果たすために」
「そうですね、でもいいんですか?」
「何言ってるの、貴女は遠坂凛の、正真正銘の妹でしょう? 妹の願いを姉が聞くのは当然じゃない」
 既に歩き始めていた凛はくると振り返ると、そう言って微笑んだ。それに桜もつられて微笑む。
「わかりました、じゃあお願いします」
「まかせなさい。あ、そうだ確認するけど、桜の願いは?」
「はい、復讐です。
 ―――――わたしを救わなかった世界なんて、いりませんから」
 桜は自らの唇に指を這わせて、妖艶に嗤った。そこに残っていた、身体を抉られた際に喉から漏れた己の血液でルージュを引く。凛は化粧を終えた桜に「綺麗よ」と声をかけ、再び前を向いた。
 彼女らの髪は遠坂の色である艶やかな黒でも、間桐の色であるラベンダーでもない。瞳は遠坂の色である翠でも、間桐の色である紫でもない。彼女たちの髪は白骨を思わせる不気味な白であり、瞳は滴る鮮血のような深紅だった。
  纏う衣装はともに黒地に紅いストライプ模様のはいったハイネックのもの。ただしその組成は綿や絹ではなく、魔力―――呪界層とよばれる呪い膜である。二人 の性格を反映してか、桜のそれは全身をおおう長袖、ロングスカートのワンピースであり、スカートの裾にはストライプ柄の紅い線に沿って切り離されていて白 い脚がそこから覗く扇情的なもの
 それに対し、凛のそれは同じくハイネックであるものの、形状はセーターに近い。ボトムスは黒いタイトジーンズで びしりと決め、トップスはシンプルなジャケット。無論、その色は彼女のイメージカラーでもある鮮やかな赤。こう成った今でもなお変わらぬ遠坂凛のアイデン ティティの証だった。
「行くわよ、桜。セイバーももうじき到着する。士郎ももうすぐ目覚めるだろうし、邪魔するものはいないわ。あなたの願いは、私が護ってあげるから」
「はい。あ、でも先輩はあげませんからね。アレはわたしのモノですから」
「ふふ、言うようになったじゃない、桜。いいわよ。全てが終わったら、ゆっくりと、どうするか考えましょう?」
「ええ。その為にも、先輩を除くこの世界の全てを、終わらせないといけませんね」
 二人の魔女は、仲の良い姉妹のごとく微笑みを交わしながら、円蔵山の内へと消えた。


Interlud Out
 



 衛宮士郎が目覚めたとき、そこには黒い騎士―――セイバーがいた。
「気付きましたか。ならば立ちなさい。桜と、凛が呼んでいます」
  はじめ、彼は己の目を疑った。目の前の彼女の姿と纏う気配が、あまりのもあのセイバーとかけ離れていたからだ。だが無常にも、目を凝らしてみれば見るほど その黒い騎士はセイバー以外にありえず、黒く染まってなお、かつてマスターであった士郎に対しては敬語を用いる律儀さと、その言葉を紡ぐ声もセイバー以外 の誰のものでもなかった。
「セイバー、その姿は?」
「この姿が何か? 特に不足があるようには思えません。
 それよりも、二人から貴方を自分たちの下へ導くように言われています。抵抗するようなら、力ずくで連れて来い、とも。
 シロウ、どうか無用な抵抗はせず、私について来て欲しい。でないと私は貴方の四肢を切り取って、貴方を無力化してから運ばなくてはならなくなる」
「な―――
 黒いセイバーの口から放たれた言葉に、士郎は絶句する。彼女は高潔を地で行き、誇りを胸に進む孤高の騎士であったはず。その彼女が、何の臆面も無く、主か ら命ぜられた目的のためならば誰が傷ついても、どんな非道を行っても構わぬと口にしたのだ。確かに彼女も、生前は周囲からすれば非情ともとれる行動を多数 行った。しかしそれは全て彼女が治める国のためであり、そのために彼女は己を殺して、心を傷つけながらも非情な決断を下し続けたのだ。
 それに比べて、今の彼女はどうだ? 目の前の彼女は、主が代わってなお持ち続けた守護の誓いを放棄し、目的のためならば士郎を傷つけることも辞さないといった。そんなもの、およそ彼女らしくない。
「セイバー、いま何て―――ぐ、ぶ……
  何て言った? そう士郎は問い返すつもりだった。それをさえぎったのは、己の内から感じる強烈な吐き気。思わずその場所に蹲り、この戦いの前に食べたもの の悉くを吐瀉物として庭にぶちまけた。全てを吐き出し、胃液まで吐いてなお、それでも吐き気は収まらない。そんな彼を、両腕を地面につき、肩で息をする彼 を、セイバーはただ見下している。
「シロウ。それは一種の拒絶反応です。貴方の身体はいまだ、あの『黒い魔力』に馴染んでいないのですね」
 ポツリ、と呟くように放たれたセイバーの言葉の中にあった単語に、士郎は凍りつく。

『黒い魔力』

 当たり前だが、凛は自らのツテを頼って――具体的には魔術協会有数の戦闘技能を誇るバゼットを頼って――事前にこの土地でなにが起こったかを調査している。そこで彼女が持ち帰った調査結果の中に、同じ単語が含まれていたのを思い出したのだ。
  ソレはあまり凝った名前をつけたがらないバゼットらしいネーミングで『黒い魔力』と呼ばれたのだが、実際のところ、それは聖杯に溜まったアンリマユの魔力 に他ならない。調査結果から凛は、それに桜が犯されているという結論に達して、魔術協会からの命令が下る前にこの冬木に舞い戻ったのだ。

 その際に、バゼッ トは空港まで追いかけてきて「貴女たちだけでは危険すぎる。セイバーはともかく、士郎くんや貴女には己を護る手段がない」と主張して同行を申し出たのだ が、それを凛は拒否した。
 凛は息巻く彼女に、調査結果の中にあった写真を見せ、こう告げたのだ。「この堕ちた魔術師は私の妹であり、士郎にとっ ても家族とよべる存在だった。だから、この件は彼女の身内であるわたし達だけで解決したい」と。そう言われてしまっては、彼女に返す言葉はない。肝心なと ころで蚊帳の外に置かれたことを悲しく思ったが、バゼットはその感情を押し殺して「御武運を」とだけ告げて倫敦から彼女たちを送り出したのだった。

 士郎はそこまで思考して、ハッと己の前髪を掴んだ。
 そこにあったのは、最近白髪の目立ち始めた赤銅の髪ではなく、あのアーチャーと同じような白い髪。唖然としながらも己の手の甲に視線をおとし、そこには変化の無いことを確認して息をつく。どうやら、あのいけ好かない未来の自分に成った訳ではないらしいが――――

「え……」

 彼は再び己の手に視線を落した。さらにそのまま視線を己の身体のいたるところに向ける。だがそのどこにも変化は無く、代わっているのは己の髪のみだった。
「どういうこと、だ?」
  視線をセイバーに向け、呟く。目の前の彼女は自分とは比べ物にならないくらい変わっている。恐らくは、認めたくは無いが事実として、遠坂も桜を蝕む 『黒い魔力』に呑まれたのだろう。それがラインを通じてフィードバックされ、自分やセイバーにまでその魔手を伸ばしたのだろう。

 それく らいの推測はここ二年ばかりを魔術の総本山ともいえる時計塔で過ごした彼にだって可能だった。だがそれならばなぜもうひとつの変化が、遠坂が『紅い刻印』 と評した、アンリマユの呪詛と思われる紅く揺らめく刻印が自分には刻まれていないのか。その『紅い刻印』は目の前にセイバーには確かに刻まれているし、写 真で見た桜の身体にも刻まれていたのに、何故?
 士郎は、ぐ、と自分の胸元を掴む。


 自分がアンリマユに呑まれなかった理由など、これしか考えられない。
 なぜこれが励起しているかなど解らないが、そんなことはあとで考えればいいことだ。


  そう結論付けて、同時に目の前のセイバーはその『黒い魔力』によって汚され、アンリマユの呪詛である『紅い刻印』を身に刻まれたのだと結論付けた。あるい は凛ならば別の、もっと現実に即した結論を導いたかもしれないが彼は半人前である。他の判断をするには、あまりに知識が足らなすぎたし、この場合、その推 理は的を得ていたのだから問題はなかった。


 トレース・オン
「投影、開始」


 士郎は立ち上がりながら、小さく、呟くように、彼は呪文を口にする。
 己に唯一赦された禁忌中の禁忌である魔術から零れ落ちた欠片。彼のみが使える、贋作の製造が行われる。鋳造された剣は二本。それを両腕に握る。数多の剣の中から未来の自分が、そしれ今の自分がもっとも得意とする得物、干将・莫耶を選び出し、両腕に握り締める。
「セイバー、悪いけれどそれは出来ない。あれは、世界を滅ぼすものだ」
「ほう、ならば貴方は私に四肢を切り取られてもいいと? 『黒い魔力』……いやアンリマユを開放しないために、私やリン、サクラを殺すとでもいうのですか?」
「いや、そんなことは言っていない。アンリマユは止める、けどセイバーや桜、遠坂も救ってみせる」
「世迷言を。いいでしょう、そこまでの大言を吐くならば、それなりの覚悟を示して頂きます」
 黒いセイバーは吐き捨てるようにそう言うと、同じく黒くそまった聖剣を下段に構えた。
「己の理想を貫かんと欲するならば、私を超えていきなさい、シロウ!!」
「おおおおぉぉぉーーー!!」
 裂帛の気合とともに、士郎はセイバーに踊りかかった。




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第二話:Determination/ここより反撃を




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