【竜】第五話:二人の剣士
「―――Anfang …Es sit
grps, Es ist Klein……」
凛は左腕の魔術刻印を廻して魔術を組み上げる。
羽の軽さになった身体で、一息にフェンスを飛び越え、トン、と校舎の屋上から飛び降りたとは到底思えない軽い音で地面に着地した。その隣に、彼女よりもひとまわり大きな音でアーチャーも着地する。
「あいかわらずデタラメね。四階分の衝撃を脚だけで殺し切るなんて」
「はは、まぁこれでも一応英霊だからね。――っと、この套は拙いか」
何かに気付いたアーチャーは独り言を呟くと、鎧の上から被っている緑の套を消し去った。
「アーチャー、どうして今になって套を脱ぐわけ」
「ん? だってさ、リン。さっきみたいなモンスター相手なら、返り血とかを浴びないように着たままだったけど、相手がドラゴンクエスト出身のサーヴァントじゃあ……」
そう言って、再び出現させた套の真ん中を指差す。
「ここに“ロトの紋章”が刺繍されてるんだから、バレバレでしょ?」
「あ、そっか。それを着てちゃ、わたしはサマルトリア王子ですって言ってろようなものね」
指差した先にあるのは、緑地に金糸で刺繍された鳥型の紋章。ちょっとドラゴンクエストに詳しい者なら、すぐピンと来るような解り易さだ。
「そういうこと。さてと行こうか、リン」
軽い言葉を交わし、わたしたちは戦場へと歩を進める。
Fate/DRAGON QUEST+
~悪霊の神々~
第五話
二人の剣士
Interlude…
「待たせたわね」
瞑想していた意識が、トオサカの声で掘り起こされる。
「ああ、待ちくたびれて居眠りしそうだった。それで、覚悟は決まった?」
「ああ、戦ろうぜ。けどまだサーヴァントは七騎そろって無いようだから、これは前哨戦ってことになるのかしら」
校庭の真ん中で凛を待つ間、彼女は必要以上に高揚する精神を落ち着けようと目を瞑っていた。
彼女にとっては二度目となる、サーヴァントとの戦闘。先ほど見た、トオサカのサーヴァントは先に見た“彼”と比べると少々線は細いが、彼女の見立てが正しければ、相手にとって不足は無い。なにせあのサーヴァントは“彼”の仲間。彼もまた“神殺し”だ。
「そう、じゃあ早速始めましょう―――と言いたいところだけど、貴女のマスターは何処かしら?」
(チ、やっぱりそこを突いてくるよな)
「悪いが、ちょっとした トラブルに遭って欠席だよ。ま、そっちには良かったんじゃないか? ウチのマスターは……強いよ」
「ふ~ん、まぁいいわ。敵の前に姿を曝せない腰抜けマスターなんて、怖くないもの」
その言葉にムッとしたのか、トゲの有る言葉を返すトオサカ。だが彼女は、たとえ軽口でも、自身の信がおいたマスターを侮辱されて、黙って入られない性分である。
「ハッ、誰に向かって言ってるか解ってんの、小娘。マスターに会いたきゃ、力尽くで引きずり出してみな」
言いながら、背中の鞘から剣を抜く。刃が宙に半円を描き、そのまま腕の力を抜いて彼女は無形の位をとった。
「その前に、オレからも質問が有る。お前は何のサーヴァントだ?」
彼女が無行の位を取るとともに、僅かに発した殺気を敏感に察知しトオサカのサーヴァントが間に割って入った。
「そうだな……『バスター』とでも読んでもらおうか?」
少々おどけた口調で、その質問に答える。もちろん、彼女に、真面目に応える気などさらさらない。
「バスター? そんなクラスは存在しないだろ」
「クラス名じゃない、単にこの剣の名前だよ。この剣はバスタードソード(片手半剣)だから。
それにアンタは、アタシが敵に易々と情報を渡すような間抜けに見える?」
クラスを特定すれば、相手の得意な武器が見えてくる。そんな情報を呉れてやるほど、彼女は馬鹿ではない。
「なるほどね……じゃあオレのことは『スクエア』とでも呼んだら? やっぱりこの剣の銘だけどね」
一層鋭くなった、猛禽の様な視線が、バスターの視線と交錯する。
「スクエア[二乗]? ああ、『隼の剣』か。なるほど、なかなか洒落てるじゃない」
スクエアと名乗ったサーヴァントの腰から、今まさに抜かれようとする剣。唾の色こそ違うが、その形状は間違いなく隼の剣だ―――が。
「黒い刀身、ね。ただの隼の剣じゃないって訳か。OK、呼び名が決まれば充分だな。あとは」
バスタードソードの柄に左手を添える。
「お互いに根っこは剣士みたいだし、剣で語ろうか」
言うと同時に、ひと息でギアをトップに叩き込んだ。
Interlude Out
-----
「―――ッ」
思わず凛は息を飲んだ。
バスターなどというふざけた名前を名乗るあのサーヴァントがとった行動は、ただ構えただけ。いやあれは『構え』ではなく『無形の位』の変形だろうか。肩幅に拡げた脚と、だらりと下げた両腕。その両腕で、1メートルくらいの両刃の長剣を握っているに過ぎない―――って、そんなことはどうでもいいのよ。
「なんて、威圧感」
その立ち姿から感じるプレッシャーは、凛が知っている誰よりも強い。
「さてと、じゃあいきますか。リン、初っ端だしけっこう派手に戦るから、下がってて」
その、凛にとっては未体験なプレッシャーを歯牙にもかけず、アーチャーが肩をまわしながらバスターの前に進み出る。
ゾク
「え?」
彼の横顔を見た瞬間、背筋を冷たいモノが伝った。
「嗤って、る?」
彼の口角が、僅かに釣り上がっているのを彼女は見た。同時に、彼の瞳が、アイスブルーから、鈍く輝く水銀色に変化しているのも。
「あの眼のは―――」
ゾクン
「ふっ、く」
はっきりと意識すると、再び襲ってくる、あの恐怖。間違いない。あの眼の色は―――
「じゃあ、」
破壊神シドーと同じ、凍てつく鈍銀の色。
「戦るか、バスター」
宣言と共に、アーチャーの視線がバスターを射抜く。アーチャーは身体を軽く半身にし、左手は脇を絞めて身体に密着させ、あの時渡した呪われた剣を身体の前に置く。ドライアイスを押し付けられた様に、凛の皮膚を冷気が焼いた。バスターとアーチャー、その距離、約5メートル。氷の銀眼と、黒曜石の瞳の間で、殺気が交錯する。その張り詰めた空気は、ついに臨界に達し、
「ハァァーーッ!!」
気合いと共に、アーチャーが先に動いた。
校庭を軽く抉りながら、蒼銀の鎧が疾駆する。距離がゼロになるのは、一瞬もあれば十分。
「ヒュウ!」
バスターの剣がそれを迎え撃つ。
前へ大きく踏み出す勢いで、弾く様に出された剣がアーチャーの胴を狙う、が、その切っ先は空を切った。彼女が右足を踏み出す刹那、アーチャーが地面を強く踏んで急制動をかけ、タイミングを外すと即座にバスターの右手側に転進。サイドを取ると同時に、彼女の腕の下を潜る様に黒い刃が奔らせる。
「ちぃっ!」
あのタイミングでは避けられない。そう確信させる一閃は確かに彼女の腹部に命中する筈だった。だがその期待は、鳴り響く金属音によって裏切られる。アーチャーの黒い刃を受け止めたのは、バスターの持つ長剣の柄。刃は、彼女の右手と左手の間の部分で止められていた。
彼女の剣がもう少し短かったら、あるいは間に合わなかったかもしれない。彼女が辛うじて柄で受け止められたのは、サイドに滑り込んだアーチャーが剣を当てる為には、さらに一歩前に出る必要があったからだった。
「ハッ」
だが必中と思われた一閃を防御されたアーチャーに動揺は無い。
バスターの体勢が今の無理な動きで崩れたと見るや、怒涛の如く攻勢を仕掛ける。
「ハァァァーーーーッ!!」
細剣の特性を最大限に生かした、首筋と手首の動脈を狙う不規則連撃。左右への逃げ道を巧みに塞ぎながら縦横無尽に繰り出される刃に、バスターは防戦一方だ。このままなら押し切れると、凛は確信した。なぜなら、こうなってしまっては細剣の独壇場。細く、なにより軽いアーチャーの剣に、1メートル近い長剣でいつまでも付いて来られる訳が無い。現に剣術に関しては素人の凛でも解るくらい、バスターの動きが遅れ始めている。
「セッ、アッ!」
さらに、アーチャーの連撃のなかで特に眼を惹く、あの神速の二連斬。あれが伝承にある、隼の剣での二連斬撃。
あまりに早い為に、相手が一振りする間に二度切りつけるという絶技なのだろう。二人から10メートルほど離れた位置で傍観する凛の眼でも追いきれない、閃光の切っ先が翻る度に、バスターの体勢が崩れる。
「く――――」
不意に、彼女が後ろへ下がるタイミングと、アーチャーが細剣を引き戻すタイミングがピタリと合った。少し開いた両者の間の空間。バスターの後ろ足が地面に付く、それ以上彼女は下がれない。かつ、後退の勢いが残っているので避けるのも難しい。剣を振るうなど、もちろん不可能。
「もらった!」
真っ直ぐに、バスターへの最短距離をアーチャーの片手突きが奔る。剣先は真っ直ぐにバスターの眉間へと吸い込まれ――――
「ぐっ、うっ――――!!」
バスターの、神がかり的なヘッドスリップによって目的を捉えるには至らなかった。
災いしたのは、アーチャーの放つ突きがあまりに正確だった事。バスターから見てほぼ 点 であるそれを彼女は生前に鍛え上げた勘のみで回避し、さらに剣道で云う鍔迫り合いの要領でアーチャーの胸板に両拳を叩き込む。起点となったのは最後に地面に付いた後ろ足。それを斜めに突き立てた棒に見立てて身体を固定。突っ込んでくるアーチャーの勢いを使って、不格好ながらもカウンターを取ったのだ。
「……ありえない」
凛が呟くのも当然。このカウンターは中国拳法にある『退歩』の変形だが、動き自体はそう難しくはない。この技に必要なのは、相手の改心の一撃にも決して怯まない勇気である。
「ぐっ…あ……」
不完全なカウンターで両者ともに勢いを殺され、二人は苦悶の声を漏らしながら数歩下がる。思わぬ反撃で胸を強かに打たれたアーチャーは胸を押さえて荒く息を吐いた。骨に亀裂こそ入っていないが、胸を強く打たれた事による圧痛が彼の呼吸を阻んでいる。
対して、バスターも、左耳の上を押さえて痛みに耐えている。彼女は決して近接格闘術の心得がある訳ではない。彼女の剣以外の技は、己のもつ勇者としての才能を数多の敵との戦いの中で磨き上げただけのものだ。故に、剣術以外の面はどうしても反射に頼りがちになるため、彼女はこのような傷を受けやすい。あまりにギリギリのヘッドスリップの代償は、彼女の左のこめかみを深くザックリと抉る裂傷だった。
「アーチャー!!」
胸を押さえる彼の様子に、咄嗟にクラス名を叫ぶ凛。叫んでしまった後で自分の失敗に気付くが、もう遅い。
「……アーチャー(弓使い)ね。こう言っちゃあ何だけど、らしくない。アンタはセイバーか、もしくはイレギュラークラスだと当りをつけてたんだけどな」
バスターが自分の血で真っ赤にそまった左手で傷を押さえ、姿勢を戻す。
「そういう君がセイバーじゃないのか? オレの剣に剣でついてくる者が、セイバー以外であるほうが不自然じゃなか」
アーチャーもまた、左手で胸を押さえたまま立ち上がる。
「さあね、想像に任せるよ。もっとも、お互い『セイバー』の適正は持ってるのは間違いないんだろ?」
再び睨み合う二人。ダメージはおそらく五分。
「―――――」
「―――――」
大気が固体化したように、重い。初めと違うのは両者ともに様子見が終わり、いよいよ相手を 斬る 算段をつけようとしている所か。
「ベホイミ」
再びの衝突に備え、アーチャーとバスター双方の口から紡がれる呪文は、奇しくも同じ回復呪文。アーチャーの胸の痛みも、バスターのこめかみの出血もこれで癒えた。
「さてと。まさかこれで終わりじゃねえよな、アーチャー」
「当然。まだ食前酒を飲んだとこだろ。ディナーはこれからだ」
「ハ、上等!」
校庭を抉り、今度はバスターが仕掛ける。まず下段からの右の切り上げ。当然の様にアーチャーがサイドステップで躱すが、そこから彼女は左肘と肩をバネの様に使い、胴薙ぎに切り返す。無論、摺り足で前に踏み込みながら、である。アーチャーのように高速ではないものの、バスターの動きには一切の無駄が無く、流れ落ちる水流のように自然で力強い。
「くっ」
薙ぎをバックステップで避けたアーチャーの表情が強張る。理由は、自身の状況を不利と悟っての苛立ち。
彼の剣は細い。宝具であるためにそう簡単に折れることは無いだろうが、この剣でバスターの一撃を受けられるかといえば間違いなく否だ。まともに受ければ体勢を崩されるどころか、そのまま強引に吹っ飛ばされる可能性すらある。ならば速度を生かしたカウンターを取っていきたいが、彼が対峙する女剣士の剣筋が余りに流麗なため、カウンターを放り込む隙が中々見つからない。攻撃と攻撃の間で絶えず動くことで、止め処なく流れ落ちる滝のように切れ目の無い連撃を実現しているのだ。
「どうした、アーチャーッ!」
気迫の篭った声、同時に大きな踏み込みから落ちてくるアーチャーの左肩への逆袈裟。避ける彼への追撃の突き。その刃を捕らえ、力を込めやすい刃の付け根で押さえ込む。そのまま刃をスライドさせ懐へと飛び込もうとするが―――
「甘いッ!」
「チッ―――」
そこに測ったように下から飛んでくる、硬いブーツでのつま先蹴り。両腕を交差させ、鎧の篭手で受けるが、それで動きを止められ、距離を戻される。先程からそんなことの繰り返し。間合いという、剣の打ち合いにおける絶対的な要素を相手に盗られては、アーチャーに成す術はない。
―――ならば、その枠を外すのみ。もとより彼はそちらの方が得意なのだ。
トーン、と滞空時間の長いバックジャンプでアーチャーが間合いを離す。
あからさまなそれを 罠 と感づきながらも、罠ごと薙ぎ払うつもりでバスターは追う。砂が擦られ、アーチャーのブーツが地面を噛む。彼の視線はスコープのように絞られ、迫るバスターに狙いをつけた。
構えた剣の影、基本的に折り畳まれたまま使われることの無かった彼の左腕の先、左のの掌に紅い光が灯る。
「あ――――」
その光を、凛は先ほどの校舎で見た。あまりに密度の濃すぎる戦闘を目の当たりにして、あれから何日かたっているような錯覚に陥っていたが、実際は数時間も経っていない。
アーチャーの左手に渦を巻く紅の光が徐々に収束し、熱を帯びる。リロード、完了。校舎内にて、群れで襲ってきたモンスターを蹴散らした炎が、左手から放出される。
「 ベ ギ ラ マ ! 」
通常のオレンジではなく、火竜の口から吐き出されたような真っ赤な炎が、バスターを迎え撃つ。その中に微かに赤雷が混じっているのも、見間違いではない。
「――――ハッ」
それを見た彼女は即座に左手でマントを引っつかみ、身体に巻きつけた。マントの分厚い布が炎の皮膚への直撃を防ぎ、代わりに燃える。未だ火の灯っているマントを彼女が脱ぎ棄てると、中から現れたのは両肩にドラゴンの頭のような飾りを取り付けた鱗の鎧。
「生憎だったな、アーチャー。アタシのドラゴンメイルは、炎や熱に強い。それともアンタの炎は、竜の鱗すらも焼き尽くすか?」
「関係ないね。オレが狙うのはお前の顔や腕。鱗で覆われていない場所なら、防ぎようがないだろ」
そう言い返し、剣を構えるアーチャーの左腕には、巻きつくように炎が灯っている。彼のスタイルは、完全に剣士から魔法戦士のそれにシフトした。そのことで、今までただ傍観していた凛も集中を高める。
彼女からの魔力供給が滞れば、あるいはアーチャーの呪文の行使に支障が出るかもしれないとの配慮だ。今更、『何もしない』などとは言っていられない。あのサーヴァントは、間違いなく強い。アーチャーの勝率をより高めるためならば、先ほどのつまらない言葉を飲み込むのを躊躇う理由はない。
「関係ない? これでもか?」
左手を長剣から放し、高く掲げるバスター。
その掌にやはり魔力の光が輝く。ただしアーチャーとは違い、その色は鮮やかな黄。腕に纏わるのは、炎ではなく雷。
「 ラ イ デ イ ン 」
呪文と共に放たれた、正しく光の速度で進む雷光がアーチャーの足下に穴を穿つ。どうだ、と言わんばかりに彼女は彼を睨みつける。だが、
「だから、関係ないって。ピストルとかいう、この時代の武器と一緒だ。
いくらライデインが速くても、オレに照準を付けられないなら、結局同じだろ」
アーチャーの膝が沈む。
身体を流れる魔力は凛からのバックアップでその量を増し、破壊の高揚に水銀色の眼はいよいよその色を確たるものへと変質する。破壊神を破壊した三人の勇者がひとり。緑の魔法戦士の真骨頂はこれからである。
「そうかよ。なら、」
バスターもまた、内在魔力を研ぎ澄ます。
アーチャーと違い、マスターからの魔力供給が充分ではない彼女だが、ならば今ある魔力をより高効率、高威力で行使すべく、純度を上げていく。魔力に呼応し、彼女の中に流れる勇者の血が、選ばれし者に授けられる雷の力が猛り狂う。
聖杯戦争の開幕を待たずに潰し合う二人の剣士の戦いは、いよいよ最高点を迎える。
そして、
「なんだ…あれ……」
その両者の戦いを唖然とした表情で見ている赤毛の少年の存在に、三人はいまだ気付いてはいない。
- Wed Clap -
楽しんでいただけたのなら、ポチリとお願いします
連打していただくと賽子が小躍りしますwww
----------
NEXT・・・・・・
第六話 『もうひとつの回復魔術』

コメント